小さな島で動き出した”カーシェアリング”。エンジニア経営者が地元再生に託した一手

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最高時速19キロのゴルフカートを改造した電動カートが、観光客を乗せて公道を走っている。大分県にある離島・姫島(姫島村)で、新たなツーリズムの可能性を探るために行われているモニターツアーの様子だ。島は瀬戸内海国立公園の一部に入っており、観光客は豊かな自然を眺めながら、運転手でもあるガイドの説明に耳を傾けている。この小さな村で今、何が起こっているのか。仕掛け人の1人が、島出身でUターン後に県内で起業したエンジニアの寺下満さんだ。地元への思いや島の未来について聞いた。

人口約1900人。大分県で唯一の村でもある姫島。

中学で親元を離れ、大手メーカーで修行

61年ぶりに村長選を実施ーー。2016年11月、普段は静かな小さな島が、こんなニュースで注目された。姫島村は大分県北東部にある離島で、人口約1900人の県内で唯一の村だ。全国の過疎地と同様に、高齢化や主力産業である漁業の衰退などが加速。島を訪れる観光客の数も伸び悩んでいる。

「姫島で、自然環境に配慮した観光のモデルをつくりたい」。こう話すのは、電動カートなどの電気自動車を利用した観光振興に取り組んでいる寺下さんだ。寺下さんはエンジニアの派遣事業などを手がけるT・プラン(本社:大分県中津市)の創業者で、自身も長く電機や自動車メーカーで設計開発などのエンジニアとして働いてきた。「将来は、大分に戻って独立したいと思っていた」と話すように、身につけた技術を活かして島の観光振興に取り組んでいる。

姫島出身で、エンジニアとして起業したT・プランの寺下社長。

寺下さんがT・プランを立ち上げたのは2006年、34歳の頃だった。漁師の息子として島で生まれ育ち、中学卒業とともに島を出て県内の工業高校に進学。卒業後は都内にあるエンジニアなど技術者の人材派遣会社に就職し、派遣先の三菱電機で8年ほどエンジニアとして技術を積んだ。2002年、30歳のときにフリーランスのエンジニアとなり、その後は自動車メーカーのダイハツ工業で働いたという。

そうした中、ダイハツ工業が大分県内に工場を新設することになり、そのプロジェクトに参加するかたちでUターン。その後、中津市出身のエンジニア仲間である現・副社長と2人で、T・プランを創業した。

「エンジニアが集う技術者集団」を地元で創業

そんなT・プランは、「エンジニアが集う技術者集団」を標榜する。その名の通り、メーカー各社への技術支援、つまり所属するエンジニア社員の派遣を主力事業としている。現在、ダイハツ工業やトヨタ自動車九州、SUBARUなどの自動車メーカーや、電機メーカーを中心に10人を派遣中だ。

大分県中津市にあるT・プランの本社。

寺下さんには、「エンジニアが生涯がやりたいことをやれる、夢を実現できる会社にしたい」という強い思いがある。「年齢を重ねるとマネジメントの業務が増える。現場の最前線でモノづくりをできるのは、20代後半から30代半ばくらいまでのケースが多い」という中で、エンジニアが技術を学び続けられる環境をつくろうという寺下さんの考えに共感し、「一生エンジニアでいたい」と考えるような仲間が社員として加わっているという。その中には、地元出身者もいる。

T・プランは、自社独自の開発事業も手がける。その代表例が、太陽光発電を利用した電気自動車向けの充電ステーション「青空コンセント」だ。2009年に、県や大学らと産官学連携で電気自動車を普及させるための研究を開始。ソーラーパネルと蓄電池がセットになった、100%再生可能エネルギーによる蓄電システムを開発した。開発後は中津市役所の公用車や同市内にあるコンビニの宅配車などで実証実験を実施。現在は、鹿児島県薩摩川内市や湯布院(大分県)のコインランドリー店などに導入されている。

「青空コンセント」は中津市役所の公用車として実証実験を実施。

湯布院にあるコインランドリー店「ランドリーハウスありあ」で活用されている。

中津市内のコンビニでも宅配車の充電設備として導入した。

”エコなモビリティ”を島の観光資源に

その「青空コンセント」と関連し、姫島を舞台に新たに始めた事業が、冒頭に紹介したエコツーリズムだ。高齢化や観光客の減少に直面する島で、「再生可能エネルギーと新たなモビリティを軸にした観光振興と地域活性化」(寺下さん)を目指し、2014年に地元企業や商工会、さらに村や県も交えて「姫島エコツーリズム推進協議会」を設立。島内に事務所を開設し、電気自動車のレンタル事業に取り掛かった。

姫島内に事務所を構え(写真後方)、レンタカー事業を実施。島に雇用も生んでいる。

この動きに電気自動車の開発や実証実験を強化している大手自動車メーカーも目をつけ、トヨタや日産、ヤマハ発動機が自社の電気自動車や電動カートを提供。1〜2人用の小型車を中心に、住民や観光客向けに計4車種11台を走らせている。またこの事業を通じて、事務所に勤務する島の女性たちの雇用も生まれた。

一連の実証実験は6月で区切りを迎え、7月からは実験を踏まえて本格的な運用を開始する計画だ。ヤマハ社製のゴルフカートを改造した電動カート計4台を配備し、これまではまだ設置していなかった「青空コンセント」も導入する。「いよいよ充電ステーションと電気自動車の新たなモビリティのモデルが本格始動する」(寺下さん)というわけだ。寺下さんが見据えるのは、「島をエコアイランドにする」という構想だ。この新しいモビリティのあり方を目玉に「観光客を増やしたい。そうすれば土産屋や食事処も増え、島が活性化する」と夢見ている。

姫島のレンタカー事業で走らせる2人乗りの電気自動車。

ゴルフカートを改造した電動カートでも走行試験を実施している。

島民と観光客でカーシェアリング

同時に今年度から新たに、県の補助金を利用するなどしてカーシェアリングの実証実験を始める。これは、島に配備する電動カートや電気自動車を、住民と観光客とでシェアする試みだ。

姫島は全域が瀬戸内海国立公園に指定されるなど、自然豊かな場所だ。

寺下さんは、シェアリングの狙いについてこう語る。「島民の多くはフェリーに乗って島外へ出勤するため、日中はフェリー乗り場に自家用車が駐車されたままになっている。日中、島にいる住民は生活用にもう1台車を所有しているケースが少なくない。レンタル自動車を通勤・帰宅時の朝夕は島民が、日中は観光客がシェアできるようになれば、互いに低コストで移動できるようになるはずだ。『青空コンセント』で充電できれば、特に島では高いガソリン代も節約できるだろう」

なお、車両の位置やシェア状況などの運行管理システムは、島内にサテライトオフィスを構える都内のIT企業・ブレーンネットが手がける。「島の困りごとを進出企業が連携して解決しようという枠組み」(寺下さん)もまた興味深い。

姫島の名物は車海老。島を訪れた際には、絶品料理を味わいたい。

こうした”姫島モデル”は、他の地域からも注目されているという。寺下さんも当初から、全国へ波及させることを考えていた。例えば、5月に世界文化遺産登録勧告が出た「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。立地する長崎、熊本両県の関係者が島に視察に訪れているというのだ。教会などは小さな集落に点在するため、観光客が運転する車が増えれば近隣住民の迷惑になりかねない。小型電気自動車なら細い道もスムーズに行き来でき、排ガスや騒音被害の心配も不要となるからだという。

さらに、海外でも実証実験をスタートさせる。インド洋に浮かぶ島国・スリランカで、T・プランが自ら開発した小型電動三輪車を試験走行させながら、エコなモビリティの普及に向けた仕組みを検証するのだ。同国では、交通量の増加に伴い排ガス問題が深刻化しているという。そうした中、T・プランが打ち出したこの実験計画がJICA(国際協力機構)の事業として採択された経緯がある。

新たにスリランカでも、自社開発した電動三輪車の試験走行に取り組む予定だ。

寺下さんは、自身を「『こんなことがしたい』『こうすれば町のためになるんじゃないか』と、とにかく自分で率先してやりたい人間」と評す。「漁業は衰退していくから、漁師は継がせられない。手に職をつけた方がいい」。父親にそう言われて島を出た日から、エンジニアとしてみっちり技術を積んだ。そしてUターンした今、地元のために力を注いでいる。エコツーリズム事業の課題は、現在の実証実験ベースから採算の取れる事業ベースに乗せることだという。「過疎地における未来のモビリティを、姫島で実現させる」。そう意気込む寺下さんが、島が再び光り輝く光景を目にする日は、そう遠く時期に訪れるだろう。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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