半官半民の若きITプロデューサーが考える2拠点生活と地方創生

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都市と地方を行き来し、2つの拠点で別々の仕事に携わる。そんな多様なキャリアとライフスタイルを実現している人がいる。WEBサイト制作やインターネットを活用したプロデュース業などを手がける、土井隆さんだ。東京でIT企業を経営する一方、鹿児島県長島町で「地域おこし協力隊」(※)として産業振興などに携わり、ITのスキルを生かして様々なプロジェクトを立ち上げている。多彩な仕事内容と、2拠点を往復する暮らしぶりを聞いた。

楽天→起業→地域おこし協力隊の異色キャリア

土井さんの肩書きは多い。まずは、東京に構えるIT企業・コアースの経営者としての顔。そして、地域おこし協力隊の制度を利用して移住した長島町では、「地方創生統括監」という特別職に就いている。仕事内容も、WEBサイトの制作やPR動画の作成、さらに長島町では地方創生に関する事業の企画・プロデュースを手がけている。鹿児島県北部に位置する4つの有人島からなる人口約1万人の長島町は、「鰤王」のブランドで有名な養殖ブリの漁獲量が全国トップを誇るなど、一次産業が盛んな地域。ただ、少子高齢化や産業衰退への危機感は小さくない。

1985年に神奈川県座間市に生まれた土井さんは、慶応大学卒業後の2008年に楽天に入社。主に楽天市場に出店する企業のコンサルタント業務を担当した。2011年、楽天に在籍しながら、業務時間外でタイムセールサイトなどを展開するルクサの物販事業の立ち上げに参画。翌年には、副業のかたちでコアースを設立した。映画サークルに所属していた学生時代、独学で映像やWEBサイトの制作をしていたことから、知人を介して仕事を依頼されるケースがあった。起業はそれを請け負う窓口をつくるためだった。長島町へ渡ったのは2015年9月。ルクサを退職し、地域おこし協力隊として現地に降り立った。

「長島町に住んでくれないか」。総務省から長島町へ出向していた井上貴至・副町長(当時)から、思わぬ言葉を投げかけられた。ECコンサルやITのスキルを長島町の地域活性に生かしてほしい。今までの仕事ももちろん続けながらでいいので一緒にやろうーー。そんな風に打診されたのだ。

初めて長島町を訪ねたのはその少し前、ルクサを退職してコアースの業務に一本化しようとしていた時期だ。井上氏からの依頼で、町の事業者に特産品の通販やブランディングの講演を実施。町民との意見交換から、互いに「ITの力で他にもいろんな地域課題を解決できそう」と意気投合した。その時点では東京をベースに遠隔でサポートするつもりだったが、副町長の誘いを受けて「地域の仕事をするなら、地元の人たちとしっかり連携しないといけない。信頼関係をつくることが大事」(土井さん)と考え、移住を決めたという。

町の事業者に特産品の通販やブランディングの講演を実施。これが長島町に身を置く大きなきっかけとなった。

長島町は養殖ブリの漁獲量が全国トップを誇るなど、一次産業が盛んな地域だ(写真右が土井さん)

ECサイトとクックパッドで特産品をPR

ここで、土井さんが長島町で手がけたプロジェクトをいくつか紹介する。まずは、ブリをはじめとする特産品のECサイト「長島大陸市場」の立ち上げだ。従来の流通を介したBtoBだけでなく、収益が見込めるBtoCの販売ルートを新たに開拓しようとの狙いからだ。

特産品のPRとしては他にも、料理レシピサイト「クックパッド」内に長島町の公式アカウントを開設。地元の主婦らがブリ料理などのレシピを投稿すると、月間3万PVのアクセスがあった。町外からブリのレシピを募集するコンテストも開催。知名度アップに一役買った。

若い世代の流出にも、インターネットを活用して斬新なアイデアを実現させた。長島町は約10年前に唯一の高校が廃校し、若者の島外流出が課題になっている。そこで、出版大手のKADOKAWAとIT企業のドワンゴが開校したインターネット通信制高校「N高等学校」と連携し、サテライト校舎の位置づけで役場内に「長島大陸Nセンター」を開設。N高等学校に通う生徒を対象に、WEBサイト制作や民泊などを体験できる短期滞在型プログラムを企画した。これまでに5回実施し、全国から延べ100人以上の高校生が参加したという。

従来の卸を介した流通一辺倒ではなく、新たに立ち上げたECサイトでBtoCにも乗り出している。

役場内に開設した「長島大陸Nセンター」。短期滞在プログラムも実施している。

東京と地方。仕事の負荷は7:3、収入は3:7

土井さんの場合は、こうした長島町での仕事以外に、コアースの業務もこなす。「長島町と東京。仕事の負荷は7:3、収入は3:7のイメージ」という。東京でマンションと事務所を借りているため、地域おこし協力隊の報酬(年間200万円)だけでは生活は厳しいという。現在は、毎月15〜20日ほどを長島町で過ごし、東京に滞在している間はクライアントとの打ち合わせなどに充てている。

「仕事のモチベーションはどちらも高いですよ。ITの力で課題を解決する。僕が目指すこのコンセプトに沿えば、地域の課題も(コアースのクライアントである)企業の課題も同じですから」

長島町での日々の生活は、快適なのだろうか。土井さんは今、地元の人に紹介してもらった空き家を借りている。町内にはコンビニが1店、自宅から車で10分ほどの場所にある。「いわゆる都市的なエンタメは少ないですが、僕はエンタメの本質は『(自分で)つくる』ことだと思うんです」と、自宅近くに1000インチほどのプロジェクターを設置し、自前で”映画館”をつくったりして楽しんでいるという。地域住民や他の移住者との交流も多く、仲間たちと屋外でバーベキューをしながら映画を観る。そんなローカルならではの時間を満喫しているようだ。

屋外に大型プロジェクターを設置し、自前の”映画館”が完成した。

移住メンバーと地域商社「長島未来企画」を旗揚げ

そんな土井さんの地域おこし協力隊の任期は3年。2018年9月に満期を迎える。ただ、土井さんはその後を見据え、新たに地域商社の「長島未来企画」を設立した。

土井さん(右端)のビジョンに共感する移住者が増えており、協力して様々なプロジェクトを進めている。

土井さんは移住後に、自身が関わる地域戦略を進めるための仲間を集めようと、人材サービスのビズリーチと連携して地域おこし協力隊を募集(参照1参照2)。現在、それぞれ専門分野をもつ20〜60代の計14人ほどが移住し、土井さんとともに様々なプロジェクトに携わっている。長島未来企画は、そのメンバーたちが共同出資して立ち上げた。水産業・農業のブランド化や販路拡大のほか、若者の定住や観光促進など地域活性に関わる事業に取り組む。

「僕のITスキルは、東京ではきっと当たり前の存在です。ただ、人口1万人ほどの長島町ではオンリーワンの存在になれます。求められるスキルは、環境によって変わるんです。僕はここで、自分のスキルの可能性を広げることができました。ただ、単なる生活コストを抑えるための地方移住ではありません。ITの力を使って地域産業を大きくし、町を活性化させる。そんな大きな挑戦に全力を注げることに今、喜びを感じています」

※「地域おこし協力隊」:都市地域から過疎地域等に移住し、一定期間、地域に居住して、地域 ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこしの支援、農林水産業への従事、住民の生活支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組(総務省ホームページより抜粋)

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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