社内結婚、島移住、複業の宿経営。夫婦で歩む念願の田舎暮らしとリモートワーク

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四方を瀬戸内海の青い海と小さな島々に囲まれた愛媛県の大三島(今治市)。ここに昨年、大阪から働き盛りの夫婦が移住した。企業の顧客管理(CRM)システムやマーケティング支援を行うシナジーマーケティング(本社=大阪市)に勤める、エンジニアの増田茂樹さんとWEBデザイナーの理絵さんだ。社内に前例のなかったリモートワークの扉をこじ開け、複業で宿の経営も始めた。都会の企業に籍を置きながら、田舎暮らしを楽しむ。念願の生活をスタートさせた2人が夢描くのは、柔軟な働き方の広がりと島の活性化だった。

結婚前から遊びに行っていた愛媛・大三島へ

2人の朝は早い。6時、島中に鳴り響く昔ながらのチャイムで目覚めると、茂樹さんは愛犬を連れて浜辺へ散歩に、理絵さんは朝食の準備を。お腹を満たしたら、自宅の居間にあるデスクでリモートワークのスタートだ。

目の前に広がる瀬戸内海。犬の散歩や夏の海水浴と、贅沢に楽しめる。

2人はともに、大阪市に本社を置くシナジーマーケティングの社員。茂樹さんは2006年にWEBプログラマーとして、理絵さんは2001年にWEBデザイナーとして入社した。当初は仕事で関わることはなかったが、新たに立ち上がった部署に2人が加わることになり、それから関係を深めていったという。

理絵さんは、もともと地方暮らしや移住に関心があったそうだ。生まれ育ったのは大阪だが、日本の原風景が広がる丹波篠山地方(兵庫県)に引っ越して約2時間かけて大阪まで通勤したり、移住や企業誘致で有名な神山町(徳島県)に視察に出かけたりと移住のイメージを膨らませていたという。

一方の茂樹さんは、瀬戸内海に浮かぶ広島県因島生まれ。幼少期は祖父母が暮らす大三島でよく釣りなどのレジャーを楽しんでいたという。お互い田舎が好きで、2人で”理想の暮らし”を考えるうちに移住や田舎暮らしを本格的に検討するようになった。そして、「結婚する前から2人で遊びに出かけていた大三島。祖父母が元気で地域とのつながりがあるうちに、なるべく早く移住しよう」(茂樹さん)。そう思い立った後の2人の行動は早かった。

社内の協力でこじ開けた移住への扉

2015年夏、早速社内の調整と説得に乗り出した。茂樹さんは上司や役員に将来的な移住の意思を伝え、まずは週に1度、自宅からの試験的なリモートワークを提案。業務に支障がないことを確認するとともに、上司を含めたチーム内の信頼関係を構築した。こうして着実に移住の準備を進めていった。

ただ、理絵さんの場合は少し事情が違った。上司に相談したが、当時の業務はリモートワークに不向きと判断されたのだ。ただ、あきらめず他の部署に掛け合ったところ、WEB制作のチームが理解を示してくれたのだという。

そして昨年3月、2人は特例的な「在宅勤務」の扱いで、念願の移住を果たした。茂樹さんは、移住の準備から実現までの経緯をこう振り返る。「まず、移住先の大三島で新たに仕事を見つけるのは難しいだろうと判断しました。だから、会社に在籍したまま移住するのが理想でした。上司や役員、同僚の理解と協力がなければ、実現しなかったでしょう。とても感謝しています。また、家探しは苦労するケースが多いですが、祖父の親戚から一軒家の空き家を借りることができたんです」

茂樹さんは現在、プロトタイプエンジニアとして大阪や東京にいるチームメンバーとともにプロダクトの開発などに従事。一方の理絵さんは、時短勤務で様々なデザイン業務を手がけている。仕事上のコミュニケーションはチャットツールを中心にスムーズに進められているというが、2人は口を揃えて「なるべく早くアウトプットを出すなど、存在感をアピールする」ことを心がけているそうだ。

自宅の居間にある仕事スペース。チャットツールなどを使ってチームメンバーと意思疎通している。

広い海と島々を一望できるサイクリングロード

浜辺の散歩と朝食、そして午前中の業務を済ませたら、今度は2人揃って昼食だ。ただ、近所に食堂やカフェはなく、専ら自宅で済ませているという。定期的に”ご馳走”も出るそうだ。茂樹さんが自ら釣ってきた「キスの天ぷらうどん」がその1つだ。茂樹さんは移住後に”釣り熱”が再燃。船舶免許を取得し、近所の住民から安値で購入した小型船を乗り回している。時短勤務の理絵さんは一足早く15時頃、茂樹さんは18時頃に仕事を終える。夕食を済ませたら、あとは愛犬と一緒に自宅でゆったり過ごすという。休日は、豊かな自然を満喫する。釣りの他にも、春は山菜採り、夏は海水浴といった具合だ。ツーリングも2人の楽しみだという。

大三島周辺の島々には本州と四国をつなぐ「しまなみ海道」が走っている。そのため島でも船の移動は不要で、バスと新幹線を乗り継げば大阪には2時間程度で到着できる。瀬戸内海の青い海と小さな島々を一望できるこの海道が、サイクリストの話題のスポットになっているのだ。休日や大型連休になると全国から多くのサイクリストが押し寄せ、自転車やバイクを走らせるそうだ。

広い空と海。この中をサイクリストたちが走り抜けていく。

温暖な瀬戸内海は柑橘類が有名だ。祖父のレモン畑で収穫作業をする茂樹さん。

瀬戸内海の「食」と聞いて浮かぶのは、やはりミカンやレモンなどの柑橘類だろう。牡蠣や貝などの海の幸も豊富で、四季に合わせて様々な魚介類を味わえるという。他に珍しいものでは、イノシシ肉もあるそうだ。

一方、日常生活において不便なことはないのだろうか。理絵さんは、「私たちの暮らし方や生活上は不便なことはあまりないですね。船に乗らないと移動できないような場所だと困るかもしれないけど。強いて言うなら、診療所はあるけど総合病院がないこと。医療系は少し心配ですね」。茂樹さんは、「島には小さなスーパーが3つ、24時間営業のコンビニが1つ。道路が通っているから通販の配達は意外と早くて、数日で届きますよ」

茂樹さんが釣った魚を贅沢に料理することも。大粒の牡蠣も瀬戸内海名物だろう。

構想からわずか1年弱、急転直下の宿開設

快適な田舎暮らしを送っていた2人は移住後初めて迎えた今年の正月、改めて今後のビジョンを練った。理絵さんは「いつかゲストハウスをオープンしたい」、茂樹さんは「コワーキングスペースをつくれたらおもしろいね」。2人で夢を語り合った。

すると、その構想は急転直下で動き出す。2月、思わぬかたちで新たに空き家を購入することに。将来、「ゲストハウス+コワーキングスペース」の2人の構想を実現させるためだった。その直後、助成金(公益財団法人えひめ産業振興財団の地域密着型ビジネス創出助成事業)の申請期限が迫っていることが判明。急いで収支計画を立て、短期間で一気に申請資料を作成した。そして、見事採択されたのだ。

6月、助成金の活用には法人設立が必要だったため、オオミシマワークス合同会社を設立。シナジーマーケティングでは複業が認められていない。そこで2人は会社に相談。すると、上司や役員が承認してくれた。こうして、2人が夢見たコワーキングスペース付きのゲストハウス構想が本格的に動き出していった。

空き家の改修費用は助成金のほか、自費とインターネット上で寄付を募るクラウドファンディングで調達。床貼りや漆喰塗りなどのリフォームはDIY作業で進め、クラウドファンディングで募った大学生を含む協力者と改修工事のワークショップも実施した。10月末に無事工事が終了し、12月1日に「オオミシマスペース」としてプレオープンした。

ワークショップの参加者たちと一緒に床貼り作業。DIYの改修は、慣れない作業に苦戦したという。

「オオミシマスペース」にはインターネット環境が整備されているほか、ホワイトボードや大型モニターなど会議やワークショップなどに必要な備品も一式揃えた。リビング兼ワークスペースに寝室、ウッドデッキにテラスと、最大8人まで宿泊できる広々とした空間だ。最初の宿泊客は、高知県から測量の仕事で出張してきた4人の男性。快適な作業環境に満足そうだったという。

”我が道”をひた走る2人は、これから先の島暮らしをどう描いているのだろうか。「都市部で生活と仕事をし、田舎のよさに普段触れる機会がないような人が多いのではないでしょうか。もしそんな暮らしに窮屈な思いを抱えている人がいるなら、僕らの存在が働くスタイルや生活を変えるようなきっかけになればいいですね」(茂樹さん)

「大三島は過疎化が進んでいて、人口が減っています。一方で最近、リモートワークなど場所を問わない働き方が注目されています。今後は中長期で滞在できるシェアハウス・オフィスをつくりたいとも思っています。私たちの愛する大三島を、持続可能な地域にしたいですね」(理絵さん)

「オオミシマスペース」の外観(上)とリビング兼ワークスペース(下)。施設はネット環境が整い、備品も豊富に揃える。

◆オオミシマスペース
〒794-1403 愛媛県今治市上浦町甘崎 1538

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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