ツールよりも重要なのは“カルチャー”だ。8割がリモートワーク、ポップインサイトのコミュニケーション術

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大規模災害が発生すると、公共交通機関が麻痺。駅には出勤を急ぐ乗客が一気に押し寄せ、長蛇の列ができる。近頃、そんな光景を目にする機会が増えていないだろうか。一方で、出社を前提としない在宅ワークなどの柔軟な働き方も広がっている。横浜市のIT関連企業、ポップインサイトもその1つ。同社のスタッフは、8割が在宅を中心とするリモートワークだ。9月には、リモートワークの新たな拠点として北海道紋別市にサテライトオフィスを開設した。一連の取り組みの狙いや、働く社員の姿を追った。

1都1道9県でリモートワーク。フランス在住のスタッフも

制限時間は3分。広い会場に大勢の人が集まり、限られた時間内で1人ずつ順番に会話を交わしていく。気がつけば、数時間があっという間に過ぎ去っていた。これは、流行りの婚活パーティーでも、異業種交流会でもない。ポップインサイトが半年に一度開催する全社会議の一幕だ。会議に参加したスタッフ全員と、1対1で会話する時間。社内では「OMIAI(お見合い)」と呼ばれている。

全社会議の恒例企画になっている「OMIAI」。1人ずつ会話し、親交を深めている。

全社員が一堂に会する会議といえば、経営トップが将来ビジョンを披露し、それを社員全員で共有するようなイメージが強い。だが、同社の場合はそれだけではない。むしろ、この「OMIAI」をメインの企画にしているという。池田朋弘社長は、「スタッフ同士の親近感を高めて、話しやすくするための仕掛けです。これをすると、その先のコミュニケーションが豊かになるんです」と笑って話す。

同社は、2013年創業のITベンチャー。Webサイトやスマホアプリなどの使い勝手を、ユーザ目線で評価する「ユーザテスト」サービスを手がけるマーケティングリサーチ会社だ。現在、スタッフは役員を含め72人(パートなど含む。11月末現在)。横浜市にオフィスを置くが、8割は在宅を中心にリモートワークをしている。スタッフの居住地は北は北海道、南は四国まで1都1道9県と全国に点在する。フランスに在住するスタッフもいる。

全社会議の「OMIAI」タイムは、普段は直接顔を合わせないスタッフ間のコミュニケーションを促すための仕掛けで、半年に一度ということもあり、会話は大盛り上がりするそうだ。

ベンチャーが「採用で市場に勝つための方法」

今でこそ8割がリモートワーカーだが、2013年の創業時は東京・渋谷にオフィスを構えていた。池田社長は、「最初は出社スタイルが普通だと思っていました」と当時を振り返る。ところが2014年のある日、創業メンバーの1人が「中国へ行きたい」と言い出した。「主力メンバーの1人で、彼に辞められては困る」と中国でのリモートワークを許可すると、思いのほか支障はなかったため、日本でもリモートワークを軸にした採用を思いついたという。

リモートワークについて持論を語る池田社長。

そうしてリモートワークを前提にした採用を始めると、応募が順調に舞い込んできた。スタッフは当時の7人から、現在の72人体制に急増。名もないベンチャーによる「採用で市場に勝つための方法」(池田社長)として、効果は絶大だったようだ。

リモートワーク採用を全面的に進めるうえでは、「もう1つ大きな理由があった」と池田社長は話す。それは、「会社として世の中の役に立つ、つまり社会的な価値」を見出したい思いだ。

『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)というビジネス書がある。人の幸せや働きがいを大切にしている会社を紹介するロングセラーシリーズで、池田社長の愛読書だ。例えば、障がい者雇用を積極的に行っている会社。社員の7〜8割が障がい者で、彼らは日々生き生きと働いている。池田社長は、そうした企業の取り組みに感銘を受けた。

働く意欲や能力があっても、働けない。育児や介護といった家庭の事情などから、そんな風に悩んでいる人は少なくない。例えば、シングルマザーもそうだろう。多くは非正規雇用の低収入で、それが子どもの貧困につながる悪循環も社会的な問題になっている。池田社長は、「(リモートワークは)そういう状況に対する問題提起になる」と考えた。

実際、ポップインサイトがリモートワーク採用で初めて正社員採用したのは、シングルマザーだった。能力が高く、現在も主力メンバーとして働いている。広報担当の牧野千代さんも、リモートワークに惹かれて入社した社員の1人。「子どもがまだ小さいので、フルタイムで出社するのは不安だったんです。在宅で仕事できるのは、入社の大きな決め手になりました」と話す。

ほかにも、「転勤の多い夫と一緒に暮らしながら働きたい」「故郷にUターンしても、東京と同じようにやりがいのある仕事がしたい」「高齢の愛犬が心配だから、在宅で仕事したい」などと、スタッフはそれぞれの事情や希望に合わせてリモートワークで“自分らしい働き方”を実践しているという。

リモートは“ローコンテクスト文化”に近づけるべき

今、新しい就業スタイルとしてじわじわと広がっているリモートワーク。ただ、「意思疎通が難しい」といった課題もよく耳にする。ポップインサイトの場合は、そうしたコミュニケーションの壁をどう乗り越えているのだろうか。

仕事中のコミュニケーションの基本は、チャットアプリ「slack(スラック)」だ。同社の場合、社員がそれぞれ自分のチャンネルをつくり、仕事のことから雑談まで「社内限定のTwitterのイメージ」(池田社長)で自由に発言。それを覗くと人となりが見えてきて、スタッフ間の理解促進につながるのだという。また、画像やスタンプも多用しながら、活発に意思疎通を図っているそうだ。それでも、池田社長は「単にツールを導入すればいいわけではない」と釘を刺す。

コミュニケーションはチャットをベースに、ビデオ会議なども。

「自分を表現せよ」。これは、ポップインサイトの行動指針に掲げられたフレーズの1つだ。リモートワークでは表情や姿が見えないため、「ちゃんと仕事しているのか」「今どういう状態なのか」などと互いに疑心暗鬼になりやすい面があるといわれる。社員間の信頼関係が損なわれてしまっては、本末転倒だろう。そこで、「自分を表現せよ」なのだ。この言葉が示すように、同社は「相手のことを考え、自分がどういう状況かを伝えることが重要という“カルチャー”をつくっている」(池田社長)という。それが各スタッフの自発的なコミュニケーションにつながっているというのだ。

池田社長は、「日本は、言わなくてもわかる/相手の意図を察し合う“ハイコンテクスト文化”。一方で欧米などの海外は、言葉や説明を重視する“ローコンテクスト文化”です。リモートワークに関しては、後者に近づけたほうがいい。ツールはあくまでツールで、肝はカルチャーなんです」と力を込める。

働き方ギャップアンケート、リモートランチ会、オンライン部活…

スラックのほかでは、ビデオ会議ツール「zoom(ズーム)」も有効活用している。これを“誰でも参加可能な会議室”として常時接続しておき、困ったことや相談事があれば入室して聞けるというのだ。そのため、ズームには池田社長をはじめ、なるべく管理職が滞在するようにしているという。仕事中に孤独感を感じ、軽い雑談のために利用するスタッフも少なくない。

中でも最も多い使用理由は、“無言作業”だという。ズームに接続した状態で音はミュートにし、もくもくと作業をするというのだ。これは、「特に何も話さないけど、“誰かに見られている”という他人の目があることで集中力が高まる。そのために(ズームに)つないでおく」(池田社長)というスタッフが多いようだ。

このほかにも、働き方やコミュニケーションを円滑にするためのユニークな取り組みがある。「働き方ギャップアンケート」もその1つ。毎週、社員一人ひとりにその週の働き方と、理想とする働き方のイメージのギャップについて10段階で評価してもらい、ギャップがあればすぐに改善する仕組みだ。

また、新入社員が入ってきたら「リモートランチ会」で交流を深めたり、同じ趣味のスタッフらで「オンライン部活」をつくって盛り上がったりしているという。オンライン部活には、ママ社員が子供につくる弁当のアイデアをシェアしたり、海外ドラマや音楽などの趣味について語り合ったり。スラック上に個別にチャンネルを設けて、オンラインで活動しているそうだ。

北海道にサテライトオフィス。社員のワーケーションに活用

そうした中、同社はリモートワークの延長で新たな試みに打って出た。今年9月、北海道紋別市にサテライトオフィスを開設。リモートワークの新たな拠点として活用しながら、地域との連携も深めている。

大学キャンパスの跡地に開設したサテライトオフィス。定期的に社員が利用している。

きっかけは、サテライトオフィスの誘致で有名な徳島県神山町で合宿したときのこと。同町にオフィスを構えるIT企業などが地域に貢献し、働く社員も刺激を受けている様子に「うちも何かできないか」(池田社長)と刺激を受けた。

「やるなら、第1号企業に」(池田社長)とサテライトオフィスの空白地を探す中、スタッフが住む紋別市が企業誘致に動いていることがわかった。双方のニーズが合致し、一気にオフィス開設が実現。紋別市にとっては、初のサテライトオフィスの誘致となる。地元の大学キャンパスの跡地をオフィス兼宿泊所として利用。また、市の施設でWiFi完備のフリースペースも使用している。

11月には、池田社長を含む役員4人が約1週間にわたって役員合宿を実施。また、3組の社員が子連れで滞在し、普段とは異なる環境で仕事と育児に励んだ。紋別市はオホーツク海に面した地域で、冬の流氷をはじめとする雄大な自然や新鮮な海の幸などが有名だ。観光地での休暇を兼ねてリモートワークを行う「ワーケーション」として、今後スタッフの利用が増えそうだ。

11月に紋別で実施した役員合宿の様子。

ママ社員も子連れで利用。

すぐそばにオホーツク海があり、海の幸は絶品だ。

冬は一面が銀世界に。幻想的な風景が広がる。

地元の行政や企業との関係性も深めており、池田社長は「新しいプロジェクトにつながりそう」と今後の動きに気持ちが高ぶっているようだ。具体的には、「ドローンの空撮サービスやグランピング施設の運営、海産物の加工など、発想はどんどん広がる」としており、そうした取り組みを通して紋別市の活性化や地元雇用の創出などにつなげたい思いも強い。

ポップインサイトはリモートワークを通じて、見える世界や新たな可能性を今、どんどん広げている最中なのだ。

(写真はいずれもポップインサイト提供)

 

▼ポップインサイトは、リモートワークのコツやノウハウを紹介する自社メディアを運営中。詳細は下記から。

https://popinsight.jp/remotework/

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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