家賃も電気代もゼロ。バスを”オフィス”に改造し、全国を駆け回る「ON THE TRIP」の未知なる挑戦

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マイクロバスをオフィスに改造して、全国各地を渡り歩きながら仕事するーー。そんな自由奔放なワーク・ライフスタイルへの挑戦が始まった。GPSと連動した音声付きトラベルガイドアプリ「ON THE TRIP」を開発・提供しているON THE TRIPは今、自らの手で改造したバスをオフィスと自宅、移動手段にして、ガイドを作成するための取材を続けている。スタートの舞台は奈良市。ここを皮切りに、今後1〜2カ月ごとに各地を転々としながら、ガイドの制作と快適な”バスライフ”を追求していく。

朝7時、車内の暑さに耐えきれず飛び起きる

ON THE TRIPのメンバーたちの朝は早い。朝7時、照りつける太陽の日射しと、車内にこもる熱気に耐えきれず飛び起きる。田んぼ道を歩きながら向かった先は、近所のスーパー銭湯。温泉に浸かって汗を流したら、その場で仕事開始だ。銭湯から取材場所に直行したり、カフェで打ち合わせしたり。ときには少し遠出して、だだっ広い高原のど真ん中でパソコンを叩くこともある。陽が沈むころにはバスへ戻り、星空の下で涼しい夜風を浴びながらミーティング…。彼らは今、滞在先の奈良市でこんな”夏休み”のような日々を過ごしている。休日に羽を伸ばしているわけではない。本気で仕事をしているのだ。

あらゆる旅先を博物館化するー。今年5月にリリースしたトラベルガイドアプリ「ON THE TRIP」は、神社や絶景など旅先で訪れる観光スポットの歴史や背景、関わる人々の思いを、文字情報や音声などで解説・案内するスマホアプリだ。日本語や英語、韓国語など5カ国語に対応しており、訪日外国人観光客も利用可能だ。浅草寺や新宿御苑などの歴史あるスポットのほか、新潟県で開催されている「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、さらに直近ではWIRED HOTELと提携して「新浅草ガイド」なども作成している。

そんなON THE TRIPが9月、”オフィス・バス”を奈良へと走らせたのだ。

改造に7〜8カ月、すべて自分たちの手作業で

そもそも、なぜバスをオフィスに仕立てて旅に出ようと考えたのだろうか。代表取締役CEOの成瀬勇輝さんは、こう話す。「実は小さい頃から、ずっとやってみたかったんです。1960年代のアメリカにあった、ジャック・ケルアックの小説『路上』や映画『イージー・ライダー』に代表されるような感覚、旅するように過ごす生活に憧れていて」

実際に、成瀬さんは10代でアメリカを一周し、現地の大学に留学して起業学を専攻。その後、約1年かけて世界一周の旅に。帰国後は、世界各国の情報を発信するモバイルメディア「TABI LABO」を立ち上げた。そんな成瀬さんが考えた次なる一手が、ON THE TRIPの設立・開発と、バスライフだったのだ。

バスライフは小さい頃からの憧れだったという成瀬さん(右/写真提供:ON THE TRIP)

考えてみれば、各地のトラベルガイドを作成するON THE TRIPのサービスとの相性もいい。「バスだと何がいいかって、僕らも訪れるその場所でリアルな体験ができるんです。実際にその土地で生活することで、地域の歴史や暮らしをより深く知ることができる。これはガイドをつくるうえでとても重要です。そういう要素が全部重なって『バス最高だな』と」(成瀬さん)

こうして昨年11月、夜行バス「VIP ライナー」を運営する平成エンタープライズからバスと改造費を提供してもらい、素人たちの手による改造作業が始まった。まずはバスの中身を空っぽにして、床に板を貼る作業からスタート。キッチンや椅子、ベッド、デスクの制作から、太陽光パネルの設置や配線システムの整備、塗装などまで、「普通は業者に頼むが、ネットで調べながらすべてゼロから自分たちで改造した」(成瀬)という。費やした期間は7〜8カ月、なんとか発車準備を整えることができた。

バスの改造はすべて自分たちの手で。作業期間は7〜8カ月に及んだ(写真提供:ON THE TRIP)

快適なネット環境、バスからイベント”出演”も

今、奈良市に滞在しているのは、成瀬さんと現地を取材をする数名のライターで、来月からは自社のエンジニアも加わる予定という。

暑さの厳しい夏場こそ昼間の車内での仕事は難しいが、それを除けばインターネット環境を含めて業務への支障はないという。電気は屋根に取り付けた太陽光パネルで十分賄え、東京など遠隔地とのコミュニケーションもオンラインでスムーズに進められる。成瀬さんは今度、ネットをつないでバスからイベントに”登壇”する予定だ。また、現地に滞在しながらガイド作成のための取材や原稿執筆、撮影などを一気に進められるため、「東京にいるよりもむしろ効率はいい」(成瀬さん)

また、例えば現地での取材がないような日は、少し遠出することもあるという。つい最近も、有数の温泉地である曽爾村(そにむら)までバスを走らせ、緑一面に広がる高原で仕事に明け暮れた。

一方、生活面はどうだろうか。成瀬さんは、「夏が一番心配でしたが、昼間車内で過ごせない程度で、十分快適です。毎日温泉に入ったり、たまにはホテルに泊まったりと、素人がつくったバスを拠点にこんなに快適に過ごせるとは。そんな感覚です」と話す。
もちろん、家賃はかからない。おまけに、電気代も屋根に設置した太陽光パネルで賄っているため無料だ。駐車場は、協力先のお寺に無料で停めさせてもらっている。つまり、維持・管理コストは一切かからないのだ。

(上)完成したバス(下)夜は涼しく、十分快適に寝られるという(写真提供:ON THE TRIP)

1〜2カ月ごとに全国各地を駆け巡る

そして、奈良でのバスライフを通じて早速、新たなガイドアプリ「奈良のかき氷店・9選」が生まれた。実は、奈良は氷の食文化発祥の地と言われている。奈良に滞在しながらアプリに登場する9店を取材し、完成させた。さらに現在は、お寺など歴史的な文化財に焦点を当てたガイドを作成するため、取材活動を続けているという。

車内のデスクでパソコンを広げ、打ち合わせするメンバーたち(写真提供:ON THE TRIP)

奈良を皮切りに、今後は1〜2カ月ごとに場所を変えながら全国各地を転々と駆け巡る計画だ。京都市、高松市(香川県)、富士吉田市(山梨県)、さらに新潟県に滞在する予定という。

「あとは海に入りに、宮崎にも行きたいですね。これは完全に趣味ですが(笑)時間をかけて黙々とガイドを作り込む期間もあるので、そういうときは最高のロケーションで作り込む。仕事と趣味を織り交ぜながら、各地を巡りたいですね」(成瀬さん)

「自分たちが実際にその場に滞在し、取材してコンテンツにしていくことがなにより楽しい」と話す成瀬さん。「今まではネットさえつながっていれば、十分仕事ができる時代でした。これからは、どんな場所でも”快適”に仕事ができることが大切。快適な環境を持ち運べたら、最高ですよね。例えば、海を見渡せる崖の上だったり、木漏れ日が気持ちいい山の中だったり、自分が働きたい場所で仕事する。ただ、僕たちのようにずっと移動するのがいいのか、移住や二拠点生活がいいのか。それは人それぞれですが、僕らはそれを、バスライフで追求していきたいと思っています。あ、”今”のところは」

ON THE TRIPでは現在、エンジニアなど一緒に仕事をする仲間を集めています。
詳細はこちらから。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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