海外を旅しながら、“バーチャルオフィス”で働く。リモートワーカーの最前線

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オフィスに出社せず、海外を渡り歩きながら働く——。誰もが憧れるような生活を送っている人たちがいる。オフィスをもたない会社として注目されている、システム受託開発などを手がけるソニックガーデンの社員たちだ。一見すると「自由すぎる」「仕事は捗るのか」と思われそうだが、業績は順調で社員もしっかり役目を果たしている。アジア各国を駆け巡る新卒3年目の社員と、約3カ月かけてオーストラリアを周遊したベテランプログラマーの日常を追った。

通勤経験はゼロ。1年の半分は旅先で過ごす

オーストラリア中央部。巨大な岩が真正面に立ちはだかる。世界遺産のエアーズロックだ。昨年末、この念願の地に降り立ち、雄大な自然の中で新年を迎えた。

ソニックガーデンに勤めるプログラマーの田中一紀さんは昨年12月上旬、オーストラリアを周遊する旅に出かけた。北東部のケアンズを出発点に、約3カ月かけて各地を移動。3月に旅を終え、帰国した。

北東部のケアンズをスタートし、ブリスベンやアデレード、メルボルン、シドニーなどを回った。

ソニックガーデンには、田中さんのような社員が数多くいる。そもそも同社は、オフィスをもたない。34人の社員全員がリモートワークで、半数以上は地方暮らし。田中さんのように、海外を旅しながら働く社員もいる。日々のコミュニケーションは、インターネット上につくった“バーチャルオフィス”で行っている。同社の倉貫義人社長が考案し、自社開発した「Remotty(リモティ)」と呼ばれるネットワークシステムだ。社員全員の顔が一覧表示され、誰がどこで何をしているか。それが一目でわかる仕組みになっている。

そんなソニックガーデンに、2017年春に新卒で入社したのが野本司さんだ。社会人経験のなかった野本さん。なぜ入社を決めたのか。

「海外の大学に通っていたのですが、その関係で日本での就職活動が遅れてしまい、卒業後に慌てて会社探しを始めたんです。ただ、いざ就職活動を初めてみると、自社の情報をしっかり公開していない企業が多く、イマイチだなと思っていたときにたまたま見つけたのがソニックガーデンでした」

2017年春、新卒で入社した野本さん(写真提供=ソニックガーデン)

早速コンタクトをとり、倉貫社長から会社や働き方への熱い想いを聞くうち、「ここで働きたい」と思うようになった。プログラミングの経験はなかったが、倉貫社長らに教わりながら、少しずつスキルを身につけている。今はエンジニアリング業務のほか、広報やマーケティング、さらにはリモートワーク専門メディア「Remote Work Labo」の運営などを担当している。

ソニックガーデンでキャリアをスタートさせた野本さんにとって、通勤経験はゼロだ。それどころか、実家のある兵庫県を拠点に、アジア各国や国内を旅しながら働いている。昨年を振り返ると、海外では韓国、タイ、マカオ、香港、マレーシア、インドネシア(バリ島)で過ごし、国内でも他の社員とともに和歌山や島根、秋田、千葉、青森などを巡った。1年のうち、半年ほどは旅をしながら働いた。

「入社したら、こういう働き方ができるかもしれない。そんな期待はありましたが、まさか2年目からここまで各地を回れるとは、想像してなかったですね」

タイ、バリ島…世界のリモートワーカーと交流

海外を旅しながら働くなんて、なんとも羨ましい限りだ。一方で、旅行気分が抜けず、仕事に集中できないのではないか。そんな心配も浮かんでくる。ただ、野本さんは「普通に仕事してますよ」とあっさり話す。

「海外にいても、過ごし方は日本と全く変わらないですね。平日は昼間に仕事をして、夜は町を散策したりします。土日は少し遠出して、観光を楽しむ。そんな生活を送っています」

むしろ、旅先にいるときの方が「オンとオフを自然に切り替えられる」という。「日本では1日中家にいることもあるので、切り替えが難しいときがあります。逆に海外では、『今夜はあのレストランに行きたい。だから◯時までに仕事を終わらせよう』といった具合に、時間を管理しやすいんです」

もう1つ、気になるのがネットワーク環境を確保することだろう。今はネットさえつながれば働ける環境が広がっているとはいえ、海外となるとまた異なる事情がありそうだ。そんな中、野本さんがよく利用しているのが「Nomad List」と呼ばれるサイトだ。ネット環境や物価、治安などの評価が各国の都市別にランク付けされており、世界のリモートワーカーたちがそこで情報共有しているのだという。野本さんは、出発前にこのサイトで情報を収集しているそうだ。

タイ北部に位置するチェンマイは、各国のリモートワーカーが高評価する場所の1つだ。ここにはコワーキングスペースやカフェが「驚くほど多い」(野本さん)といい、実際に滞在した野本さんも「最も印象に残っている場所の1つ」だそうだ。

チェンマイでよく利用していたショッピングモール内にあるコワーキングスペース。24時間オープンしており、ミーティングルームも用意されている(写真提供=ソニックガーデン)

このように各地を渡り歩く野本さんだが、現地での仕事や生活を楽しむ秘訣の1つに「友だちをつくること」を挙げる。例えば、バリ島では「働きながら旅をする」をテーマに開催されたイベントに参加。ここで多くのリモートワーカーと知り合い、交友関係を広げた。

バリ島のイベントで知り合った人たちとはその後、毎日のように一緒に過ごしたという(前列右が野本さん/写真提供=ソニックガーデン)

バリ島にあるこの施設は、コワーキングスペースの上層フロアで宿泊が可能。ここに住みながら、働くことができるという(写真提供=ソニックガーデン)

「どこか新しい国や地域に行きながら働くことは、僕にとって『なくてはならないスタイル』になってますね。知らない国に行って知らない人と出会うことと、知らないITの世界に飛び込むこと。これは僕にとって、同じような感覚です。どちらも『学び』であり、『遊び』でもあるんです」

■野本さんの日々を綴ったブログはこちら↓
新卒からリモートワーク!野本のぶらりワーケーション

3カ月のオーストラリア旅。仕事は電源・WiFi完備の図書館で

日本では桜が見頃を迎えており、これから暑いシーズンに突入していく。そんな夏の気配を一足先にオーストラリアで味わったのが、冒頭に紹介したプログラマーの田中さんだ。

左が田中さん。オーストラリア旅の道中にて(写真提供=ソニックガーデン)

田中さんがソニックガーデンに入社したのは、ちょうど1年ほど前のこと。千葉県で生まれ育ち、長く東京を拠点にプログラマーとして働いていた。もともと自然が好きで、3年前に憧れだった北海道に移住し、システム会社に勤務。仕事や生活に「不満はなかった」というが、ある日ソニックガーデンの存在を知り、衝撃が走ったという。

「『なんだこの会社は…』というのが最初の印象でしたね。オフィスをもたず、完全リモートワークというのは聞いたことがありませんでしたから」

入社後半年ほどは在宅勤務を続けたが、徐々に仕事のペースをつかみ出だすと、次第に「旅の虫が騒ぎ出してきた」という。そうして、オーストラリア行きを決めた。

昨年12月上旬、北東部のケアンズを出発し、約3カ月かけてブリスベン、アデレード、メルボルン、シドニーなどを回り、大陸をほぼ一周。すべて陸路で、車での総移動距離は約15,000Kmに達した。

移動手段は車だ。格安のレンタカーサービスを利用。借りる車種や移動距離によって変動するが、例えばケアンズからブリスベンまでの移動は1週間で約7ドルだった。宿泊は車中泊のほか、テントやホテルを利用。オーストラリアは国土が広いためか、例えばガソリンスタンドにトイレやシャワー、コンビニがあり、レストランが併設されているケースも少なくないという。

こちらがガソリンスタンドの一角にある駐車スペース。田中さん以外にも、多くの人がここで車中泊している(写真提供=ソニックガーデン)

こちらはテント泊の様子。オーストラリアにはこうしたキャンプ場のような場所が各地にあり、電源なども借りられるという(写真提供=ソニックガーデン)

さて、肝心の仕事はどうしていたのだろうか。よく利用した場所の1つが、図書館だった。ブリスベンの図書館(写真①)は設備が充実しており、長時間滞在に向いていたという。また、メルボルンにあるビクトリア州立図書館(写真②)は電源とWiFiが無料で、多くのワーカーが利用していたそうだ。

<写真①>ブリスベンにある図書館(写真提供=ソニックガーデン)

<写真②>ビクトリア州立図書館は「世界で最も美しい図書館」ともいわれている(写真提供=ソニックガーデン)

市街地ならこうした施設が充実しているが、内陸の山間部に入ると、スマホの電波が入らないような場所も少なくないそうだ。この旅は、あくまで仕事がメイン。そのため、田中さんは「最低限のエチケットとして、ネット環境の確保には細心の注意を払った」という。旅にはバッテリーとソーラーパネルをなど携行し、現地でSIMカードを購入。大きなトラブルに見舞われることはなかったという。

広大な国土を移動するのは大変だったというだが、野本さんと同じように「オンとオフの切り替え」は苦にならなかったという。

「私も野本くんと一緒で、『今日はここに行きたいから、早く仕事を片付けよう』という気持ちが働くんですよ。逆に日本にいると、『いつでもできる』と思ってついつい手を抜いてしまうようなことがあります。『どうにかして仕事を終わらせよう』とパワーが自然と湧いてくるんです」

車内で仕事をする田中さん(写真提供=ソニックガーデン)

オーストラリアの名物の1つといえば、カンガルーだろう。旅の道中で立ち寄った国立公園にて(写真提供=ソニックガーデン)

もちろん、旅にトラブルや失敗はつきものだ。3カ月間という長旅で、しかも“仕事をしながら”となればなおさらだろう。1つは、酷暑だ。夏場のオーストラリアは、特に内陸部は日中の気温が40度を超える日も少なくない。夜もそれほど気温が下がらないため、車中で寝る日は「暑くて数時間おきに目が覚める」という過酷な日々も過ごした。また、物価が予想以上に高く、食事や生活品の購入に困ったこともあったそうだ。

■田中さんの旅の様子を綴ったブログはこちら↓
旅するプログラマー カズさんの生存報告

世界を駆け回る2人の旅は続く…

旅を終えたばかりの田中さんだが、「今回は正直、スケジュールが短かったかな。日々の移動がかなりタイトだったので、倍くらいの期間がほしかったですね」と、早くも“リベンジ”を念頭に置いているようだ。

「他にも、行ったことのない場所はまだいっぱいありますから。ひたすらそういう場所を回りながら、仕事をするのが目標ですね。今、定年退職の年齢がどんどん上がってますよね。定年後に悠々自適に過ごす。そういう生活が、これからはしづらくなるんじゃないでしょうか。そう考えると、体力のある今のうちに世界を回りたいですね」

一方の野本さんも、これからも旅は続ける。今後については、「学生時代をアメリカとヨーロッパで過ごし、昨年はアジアを回ったので、それ以外の場所でどこに行こうかな、という感じです」と旅先を探しているところだ。

2人の旅は、これからも続く——。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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