若者や現役世代の地方移住が注目されているが、「地方」と一口に言っても日本の国土は実に広い。自然、暮らし、仕事…考慮すべき条件が多い中、自分に合った居場所を探し出すことは移住ライフを楽しむために大切だ。例えば、地方都市、里山、離島にはそれぞれどんな特徴があるのだろうか。12月9日、それぞれの移住者を招いたトークイベントが都内で開催された。主催したのは、WEBアプリケーションの開発などを手がけるメンバーズエッジ(本社=東京)。同社も地方オフィスを次々と開設し、エンジニアの場所にとらわれない新しい働き方に力を入れている。イベントの模様と同社の取り組みを紹介する。
エンジニアの「どこでも化」
「地方創生の先進地として注目されており、創造的な取り組みが多い」「海はもちろん、陸地の自然も豊か」「若い移住者が多く、活気付いている」「人間関係が都会ほどサバサバしておらず、田舎特有のベタベタもない」
神山町(徳島県)、鯖江市(福井)、五島列島(長崎)、北九州市(福岡)から上京した移住者たちが、思い思いに地域の魅力をアピールする。12月9日に開催された移住イベント「移住するならどんな町?地方都市vs里山vs離島のトークバトル」は、冒頭から登壇者の熱い思いがぶつかり合う幕開けとなった。
このトークイベントを主催したのが、WEBアプリケーションやモバイルアプリの受託開発などを行うメンバーズエッジだ。企業のデジタルマーケティング運営支援などを展開するメンバーズの100%子会社で、今年4月にシステム開発に特化した会社として設立。現在は東京本社のほかに北九州市と仙台市に拠点を設けている。全社員28人のうち、25人がエンジニアだ。
そして、設立のミッションの1つに掲げたのが「日本中をエンジニア活躍の舞台にする」(塚本洋社長)だった。塚本社長は、「キーワードは、エンジニアの『どこでも化』だ。全国のどこでも東京と同じ付加価値のある仕事、東京と同じ最先端の技術、東京と同じ報酬が得られる。それぞれの好きな場所で、生涯スキルアップし続け、幸せに過ごせる環境をつくりたい」と力を込める。
アジャイル開発と充実した福利厚生
東京と同水準の仕事と報酬ーー。日本に長く根付く都市と地方の関係性を考えると、それは決して容易なことではなさそうだ。東京の下請け・孫請けで安価な仕事を引き受けることが、地方経済のこれまでの定説だったからだ。
ただ、メンバーズエッジはその関係性に風穴を開けようとしている。同社は、東京を中心とするクライアント毎に各地の拠点でエンジニアの専任チームを編成し、クライアントの開発メンバーとテレビ会議などでつなぎリアルタイムで開発を進める「アジャイル開発」を基本スタイルとしている。このようにクライアントといわば1つのチームを形成することで、地方にいながらでも東京と同等の対応レベルやスピードが担保できるというのだ。
それだけではない。同社は移住を後押しするユニークな福利厚生制度を揃えている。例えば、移住の際の引っ越し費用の負担がある。これは移住するときだけではなく、仮に移住先の生活に馴染めず元の居住地に引き返したい際にも、費用負担を行うのが特徴だ。「いきなり移住するのは敷居が高いという人もいる。『ダメだったら戻っていいよ』と気軽に考えられるように」(塚本社長)との狙いを込めた。他にも、東京を離れることで勉強会などのスキルアップ機会が減るのを避けるために、資格取得やイベント参加の交通費、書籍や動画教材の購入費用についても補助制度を設けている。給与体系も、どこに勤務しても東京と同じ全国一律だ。
現在、地方拠点のある北九州と仙台オフィスの社員は、それぞれ10人ほど。当初は親会社の出向社員でスタートしたが、新規採用も進めており特に仙台オフィスの採用が順調だという。すでに半数以上が地元で新たに中途採用したスタッフで、中には母親エンジニアもいる。職場から子供が通う保育園までは徒歩で約10分。時短勤務ではなくフルタイムで働く貴重な戦力になっている。待機児童問題が深刻な東京では、なかなか実現しにくいことかもしれない。
北九州へIターン、休日はキャンプや釣りに
さて、今回のイベントでは同社の北九州オフィスに勤務するエンジニア、山本真義さんも登壇者として移住トークを披露した。
山本さんは、1986年千葉県生まれ。IT系の専門学校を卒業後、住宅販売会社に就職、福岡・博多に配属された。肌に合わず退職した後、当時はエンジニアの求人が今と比べると格段に少なかったこともあり、食いつなぐために1年ほどトラックの運転手に。その後東京に戻り、5年ほどWEBベンチャー企業などに勤め、2013年にメンバーズに入社した。メンバーズエッジ設立後は北九州オフィスの立ち上げメンバーとして現地に赴任、現在もニアショア開発チームのリードエンジニアとして北九州で暮らしている。
移住後の変化について今最も感じているのは、「仕事の面でも生活の面でも、ゆとりができたこと」だという。通勤時間は電車通勤の90分から徒歩30分に短縮され、「スキルアップのための勉強や仕事に対して、ゆっくりインプットできる時間が増えた。また、こちらに来てからキャンプと釣りが趣味になった。車で数十分の場所にある市営キャンプ場は無料で利用できる。釣りのWEBメディアも立ち上げた」と充実した日々を送っているようだ。北九州は、今回イベントに参加した神山町などと比べると人口も多く都市に近い印象がある。やはり生活圏にほとんどのモノやサービスが揃っているといい、「適度に都会で便利」(山本さん)な点も魅力に感じているようだ。
北九州オフィスには東京からの出向社員を中心に若いメンバーが目立ち、九州出身者が多いという。他の社員の反応はどうなのか。山本さんによると、地元の友人や家族と気軽に会えるようになるなどリフレッシュできるような機会が増え、仕事の面でも「東京にいるときは目の前のタスクに追われがちだったけど、今は時間の余裕ができてもっと根本的な課題に向き合えるようになった」といった声があるという。
鯖江市、五島列島、神山町の魅力は
北九州が「便利な地方都市」なら、鯖江市や神山町、五島列島はどうなのだろうか。トークイベントに参加した移住者の声を聞いてみよう。
まずは鯖江市だ。古くからめがねや漆器などの製造業が盛んな地域として知られる。地域おこし協力隊として2015年に移住した木戸建さんは、「全国から多くの学生が集まるイベント『河和田アートキャンプ』があり、若い人の移住が増えている」と話す。また、市商工政策課の渡辺賢さんによると、近年はIT企業の誘致にも積極的に動いており、最近も東京に本社を置く複数のIT系企業が進出を決めたという。
一方、五島列島の魅力はなんといっても海をはじめとする自然だろう。2015年に夫婦で移住した小本崇広さんは、自動車メーカー・スズキの元デザイナーだ。デザインのクラウドワークスのほかに、移住後に始めた農業などで生計を立てている。意外にも小本さんが住む中心街の生活は便利のようで、「ほぼ全域に光回線が通っていて、自宅から徒歩圏内にスーパーやコンビニなどの生活インフラがまとまっている」と明かす。ただ、「エンジニアなど都市部のスキルを活かせる就職先はあまりない。現地での就職に加え、スキルを生かした副業をやるのがおもしろいと思う」と提案した。移住支援員の戸村りかさんによると、空き家バンクの活用など移住促進施策が奏功し、近年は若い世代の移住者が増加しており、今年は100人の到達を目指しているという。
神山町から参加したのは、名刺クラウドサービスを手がけるSansanのサテライトオフィスにエンジニアとして勤務する辰濱健一さんだ。地方創生の先進事例として有名なだけあって、やはり「ユニークな移住者が多く、交流が楽しい」と充実した様子。徳島市内にも車で約30分で到着できるといい、生活面での不便も少ないそうだ。
トークイベントは終盤まで熱気が冷めやらず、最後は鯖江市と五島列島の地酒や名産品を味わいながら参加者らが交流を深め、幕を閉じた。
主催したメンバーズエッジは、今後も特に里山地域への拠点展開を加速させたい考えだ。同時に、在宅ワークなど柔軟な就業制度も積極的に導入していく計画だという。塚本社長は、「今後10年間で全国に50拠点、1000人のエンジニアを輩出することを将来ビジョンに掲げている」と話す。同社の積極果敢な地方進出に、今後も目が離せそうにない。