松江市発、酒とソバを愛する〝移住エンジニア〟たちがITで地元の食文化を盛り上げる

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東京に本社を置くIT企業が数多く拠点を構える島根県松江市に、市内で働くエンジニアたちが有志で結成した「まつえOSS協議会」というグループがある。IT用語で「オープンソースソフトウェア」を意味する「OSS」。同協議会はこれを「おいしい酒とソバ」と銘打ち、ITの力で山陰地方の豊かな食文化を盛り上げ、広めようと活動している。この一風変わった「酒とソバとITの融合」は、地域にどんな価値をもたらしているのだろうか。

日本酒飲み歩きイベント「松江トランキーロ」の専用アプリ

松江市内の飲食店街はその日、いつも以上に多くの地元客で賑わっていた。昨年9月、市内の5つの飲食店で日本酒を飲み比べ、投票で順位を決めるグルメイベント「松江トランキーロ」が初めて開催された。参加客の評判は上々で、今年も9月17日に開催することになっている。

昨年の「松江トランキーロ」の様子。山陰地方の日本酒を飲み交わす参加者たち。

このイベントでは、飲食店の地図情報や各店の混雑状況、気に入った日本酒の投票機能などを搭載した専用アプリが開発され、参加者はスマホを片手に各店を歩き回った。このアプリ開発したのが、「まつえOSS協議会」のエンジニアたちだ。プロのエンジニアのほか、地元の学生らも加わり1泊2日でハッカソンイベントを開催。県や市職員らも運営をサポートし、エンジニア以外の各社の社員が広報・PRに奔走するなど、地域が一体となってアプリを完成させた経緯がある。

同会のメンバーで、ミラクル・リナックス(本社:東京)の松江ラボ所長・押田光雄さんは、本番のグルメイベントの様子について「来店者はアプリを使いながら楽しんでくれていました。投票数も多く、手応えはまずまず。初回にも関わらず、当初のイメージ通りに盛り上がったと思います」と振り返り、手応えを口にする。

今年7月、地元のお寺で開催されたハッカソンイベントの様子。

「ゆるい飲み歩き」が、いつのまにかイベントに

この「まつえOSS協議会」の活動がユニークなのは、市内のエンジニアたちが自身の所属する会社の枠を越えて、しかも仕事ではなくプライベートな時間を利用してアプリを開発、またイベント運営に携わっている点にある。そもそも、どういった経緯でこの活動は湧き上がったのだろうか。

押田さんによると、それは「メンバー同士のゆるい飲み歩き」から自然発生的に芽を出していったのだという。
押田さんが勤めるミラクル・リナックスを含め、市内には現在、東京に本社を構えるIT企業が数多く進出している。これは、島根県や松江市が人口流出をはじめとする地域の衰退を打破しようと、以前から都市部のIT企業を誘致し、「ITによる地域振興」に力を入れてきたからだ。

ミラクル・リナックスの松江ラボ所長・押田さん

東京から移り住んだ各社のエンジニアたちは、市内の飲食店で偶然顔を合わせ、一緒にお酒を飲み交わすように。次第に「ゆるい飲み歩き仲間」として交友を深めるようになっていく。同時に地元飲食店の店主らとも打ち解け、「地域を盛り上げるイベントを開催しよう」と意気投合。山陰地方にはおいしい日本酒が多くあり、文化として根付いていることから飲み歩きイベントを企画することになり、エンジニアたちはイベント専用のアプリを開発することになったのだ。

ITのスキルを会社だけでなく、地域のために活かそうというこの試み。何がその原動力になっているのだろうか。
「もちろん地域を盛り上げようという気持ちもありますが、一番大きいのは、自分たち自身が地域と関わっていることを楽しんでいるのだと思います。お酒とソバをはじめ、メンバーは山陰の食文化が大好きです。そこにITの力を加えることで、楽しさが膨らみ、それがより多くの人に知られる。それがモチベーションにつながっています」(押田さん)

仕事とは別に、休日返上で黙々と作業するエンジニアたち。その姿は真剣そのものだ(今年7月のハッカソンイベントから)

ITは、もっと多くの産業振興に活かせるはず

昨年好評だった「松江トランキーロ」は、今年も9月17日に開催予定だ。今回も、昨年同様にハッカソンイベントを開催。県外から進出した企業を含む6人のエンジニアが参加し、専用アプリを開発した。昨年はWEBアプリのみだったが、今年はiPhone/Android用アプリを制作。従来の地図情報や投票機能に加え、参加チケットもアプリから入手できるようにした。

さらに、イベントの規模そのものもバージョンアップ。今年は参加飲食店が昨年の5店から8店に増えたほか、昨年に続き近隣の出雲市からの特別出店もある。また、松江で人気の珈琲店もイベント限定の特別ブレンドを提供するという。
中でも注目なのは、今年は日本酒と料理の組み合わせで人気を競う投票形式にしたことが挙げられる。市内の参加飲食店が提供する料理と、それに合う山陰地方の日本酒の組み合わせを計8通り用意し、日本酒の味や好みだけでなく、料理との相性なども踏まえて投票してもらう内容だ。

アプリ内の一部画面。今年は日本酒だけでなく、料理も組み合わせた総合点で人気を競う投票式に。

いよいよ今週末に迫ってきた今年の「松江トランキーロ」。エンジニアをはじめとする運営スタッフ、また参加する地域住民らも心待ちにしていることだろう。押田さんも、「昨年以上に多くのお客様に来ていただけると嬉しいですね。今年は3連休に当たるため、地域住民だけでなく市外や県外、さらに東京などから山陰地方に旅行に遊びに来ている人たちにも足を運んでもらいたい。山陰の日本酒のおいしさ、食の豊かさをぜひ味わってもらいたいですね」と意気込んでいる。

さらに、このイベントを通じて、ITの新たな可能性を見出していきたい考えだ。「イベントは、私たちのようなIT企業誘致の波及効果が、日本酒や食という他の産業に対して表れた1つの例と言えるでしょう。農業や漁業など、他にもITを活用することで振興できる分野はたくさんあるはずです。もっと多くの人にITの存在を身近に感じてもらい、私たちの技術が多くの分野で活かされるようにしたいですね」(押田さん)

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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