職場以外の場所で働くテレワークが広がる中、最近はリゾート地を舞台にした「リゾートワーク」や仕事と休暇を組み合わせた「ワーケーション」と呼ばれる新たなテレワークのスタイルにも注目が集まっている。人気観光地としてお馴染みの沖縄県宮古島市は、その筆頭格といっていいだろう。そんな宮古島市が主催し、最先端のテレワークの事例などを学ぶイベント「テレワーク@宮古島未来会議」が10月22日、都内で開催された。都心に拠点を構えるIT企業の経営者らが、宮古島でのテレワークの導入やサテライトオフィスの設置に関心を寄せた。
観光と農業に次ぐ“第3の産業”
眼下に広がるエメラルドグリーンの海、真っ白な砂浜に押し寄せる波の音。誰もが一度は、「こんな場所で仕事ができたら」と思ったことがあるに違いない。東京から約2000Km、沖縄本島から約300Km離れた場所にぽっかりと浮かぶ、大小6つの島からなる宮古島市。そんな陸の孤島が今、市を挙げてIT化を進めている。
宮古島市は観光業と農業で栄えた町だ。特に観光は国内随一のリゾート地として人気が高く、近年はさらにその勢いが増している。イベントに出席した宮古島市の友利克・企画政策部長によると、2017年度は約98万人が訪れるなど、ここ数年で急増しているという。また、農業ではマンゴーが全国市町村別収穫量でトップを走るなど、温暖な気候を生かした農産物が有名だ。
一方で、若い世代の流出に頭を悩ませている。現在の人口は5万1000人程度で(2015年国税調査)、徐々に減少してはいるものの、他の全国の自治体に比べれば減少幅は小さいという。それでも、友利部長は「10〜20代が減る現象が続いている。(観光と農業の)2つの産業だけでは、若者を引き止めたり、呼び戻すことは難しい」と危機感を募らせている。
観光と農業に続く“第3の産業”をどう根付かせるかーー。そこで注目したのが、IT産業だった。友利部長によると、市は数年前から企業誘致などITによる地域おこしに取り組み、現在は3社のIT系企業が島内にサテライトオフィスを設置。定期的に社員を島に派遣し、一定期間働く制度を導入しているIT企業もある。
サテライトオフィスを構える企業の1つが、名古屋に本社を置くWEB制作会社のタービン・インタラクティブだ。イベントで司会進行も務めた志水哲也・代表は、「社員がどうすれば喜ぶか」と働きやすい環境に思いを巡らす中で、ある日宮古島を訪問したことをきっかけに、「ここでも仕事ができるのでは」と考え始めた。社員のリフレッシュやストレス解消だけでなく、オフィスを置くことで若い世代をはじめとする地元雇用ができれば、地域貢献にもつながる。そんな思いもあったという。
さらに志水さんは、地域貢献を柱に据えた別会社・リチャージも設立。市と連携してIT企業の誘致や島内外の人材交流に取り組むなど、島を活性化させるための活動にも力を入れている。現在、宮古島のオフィスにはUターン者3人を含む20〜30代の5人の社員が常駐し、リゾートワークを満喫しているという。
“オフィスなし”の社長が語るテレワークの最前線
この日のイベントでは、テレワークの“最新事例”を学ぼうと、システム受託開発会社ソニックガーデンの倉貫義人・社長による講演が行われた。
同社はオフィスをもたず、34人の社員全員が在宅などのテレワークで業績を伸ばしている。社員は半数以上が地方で暮らしており、中にはキャンピングカーで全国を移動しながら働く社員もいる。また、昨年の新入社員は旅行が趣味で、海外を放浪しながら仕事をしているという。
倉貫社長によると、同社の場合は単に職場を離れて働く「一般的なテレワークとは少し違う」と独自のスタイルをとっているという。例えば、インターネット上に“バーチャルオフィス”を導入したことがある。物理的なオフィスはもたないが、社員は原則、決まった時間にパソコンを開いてログインし、“出社”する。パソコンの画面上には出社している社員の顔が一覧表示され、それぞれが仕事をしている様子が映し出される。「チャットツールだと、いつレスがあるかわからない」といった問題が生じがちだが、これなら「席にいるかいないかが、一目でわかる」と倉貫社長は話す。
実はこの“バーチャルオフィス”のシステムは、「Remotty(リモティ)」というソニックガーデンが自ら開発したサービスだ。なぜわざわざ自社で開発したのか。倉貫社長は、「テレワークでも、仲間同士で助け合いながら働くことは大事だ」と持論を語る。「テレワークで問題になりがちなのは、コミュニケーション不足や『寂しい』という心理的不安。オフィスがあることで雑談や気軽な相談ができ、やる気が出たり、新しいアイデアが生まれる。離れていても孤独を感じず、安心して楽しく働ける。そういう存在感が伝わるようなシステムをつくろうと考えた」という。
同社は通常業務のほかにも、社員同士で“リモート飲み会”を開いたりしているほか、昨年からは社員がスーツを身にまとい、WEB上で入社式も行っているという。倉貫社長は、「好きな時間に働くことだけではなく、みんな揃ってチームで働くことと、場所にとらわれずに働くこと。これを両立させることが、これからのテレワークではないか」と強調した。
採用ツールの進化が、Uターンを加速させる
倉貫社長の講演後は、テレワークやITによる地域おこしを実践する2人のメンバーも新たに加わり、パネルディスカッションが行われた。加わったのは、新卒採用のマッチングサイト「OfferBox(オファーボックス)」を展開しているi-plug(アイプラグ、本社:大阪市)の代表・中野智哉さんと、ヤフーで地域創生事業を担当している鈴木哲也さんだ。
中野さんは昨年、企業誘致のツアーで宮古島を視察して以来、何度も同地を訪ねてテレワークを体験している。直近では自身の家族や社員、さらに社員の家族も交えた総勢15人ほどで訪れ、「平日5日間のうち4日間働き、残りの週末は休みにする。海を見ながら仕事したり、趣味の釣りを楽しんだり、地元の人たちとバーベキューをしたり」と充実した時間を過ごしたという。
ヤフーの鈴木さんは、茨城県結城市でシェアスペース「coworking&cafe yuinowa」を運営しているほか、個人としても“島好き”が高じて沖縄・石垣島でコワーキングスペース「Zuppa Ishigaki 離島ターミナル」の運営に乗り出すなど精力的に活動している。
鈴木さんは、特に結城市での活動に触れ、「UIターン者と地元の人をつなぐことで、新たな解決方法が生まれるような仕組みをつくりたい。そういう流れが今、少しずつ出てきている」と話し、地域で沸き起こる変化に手応えを感じているようだ。
会場には宮古島市でのオフィス開設やテレワークの導入を検討している経営者も多く参加しており、進出に向けた課題などをパネリストに尋ねる場面もあった。
WEBの受託制作を行う企業の経営者は、テレワークやサテライトオフィスは「『仕事』と『場所』と『人』が揃わないとうまくいかないと考えている」としたうえで、特に「人」については、仮に宮古島市に進出した際には「地元の人に入社してもらうのが一番早いのではないか」と持論を展開した。
それに対し、採用事情に詳しい中野さんは「今、新しい採用ツールが生まれ、どんどん進化している。例えば、東京勤務で宮古島市出身の人を探し出し、『Uターンして一緒に働きませんか』と声をかけることが当たり前のようにできるようになるだろう」とUターン採用の可能性に言及。鈴木さんも、「都会にいながら、地元に帰りたいと考えている人は多い。そこを最優先に、地元に戻りやすい環境をつくるのは大事だ」などとアドバイスした。
シェアオフィス&コワーキングの新施設が来春オープンへ
そうした中、企業誘致などIT産業の育成を進める宮古島市は、新たな一手として来年3月をめどに「宮古島ICT交流センター」(仮称)をオープンする。市町村合併前の旧・下地町庁舎の3階を改装し、コワーキングスペースやシェアオフィス、イベントスペースなどを設置。高速インターネット環境も整備し、都心の企業やビジネスマンを呼び込む狙いだ。
魅力の1つは、ロケーションだ。宮古空港から車で10分の距離にあるため、東京や大阪からの直行便に乗ればアクセスしやすく、車で15分ほどで市街地にもたどり着ける。また、自転車で10分圏内の場所には、絶景で有名な「前浜ビーチ」がある。建物から見渡す海や緑の景色も絶品だ。
施設内も、町議会の議場をリフォームして使うコワーキングスペースが独特な雰囲気を醸し出し、さらに利用料金も驚きの価格だ。貸しオフィスは計4部屋(13.74㎡〜25.71㎡)あるが、料金は月額16,000〜30,000円程度を想定。ほかに、お試しオフィスも用意しており、「二拠点生活やお試し利用、オフィスの進出や移住など、個人としても企業としても、ニーズに応じて使っていただける」(志水さん)という。
友利部長は、今後も都心のIT企業や社員が働きやすい環境を充実させるなどして、「ITによる島の活性化を実現させたい」と意気込んでいる。
なお、市は同センターの見学を含む企業向けの視察ツアーを開催している。ツアーを含む詳しい情報は下記を参照。
http://telework.miyakojimacity.jp/