決意のUターンも転職先が予期せぬ経営難に。それでも貫いた家族と生きる選択

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珍しい行動展示で有名になった旭山動物園に、国内外の旅行客が押し寄せる北海道旭川市。広大な大地が広がるこの場所に昨年4月、ソフトバンク・テクノロジーの子会社であるソフトウェア開発会社のM-SOLUTIONS(本社=東京都新宿区)が開発センターを設立した。同社はパーソナルロボットの「Pepper」やサイボウズ社が提供する「kintone」のシステム開発などを手がけている。そして、この開発センターで責任者として働いているのが、同市出身の森晴彦さんだ。約20年前、長く勤めていた関東の会社を退職してUターン。その後、勤務先の経営難や札幌での単身赴任など紆余曲折を経て、昨年M-SOLUTIONSに入社した。その経緯や、愛する旭川での仕事や暮らしぶりを聞いた。

転職と単身赴任の末にたどり着いた今

関東で長く勤めた会社を辞め、生まれ故郷の北海道に戻る。これだけでも、決して容易な決断ではないはずです。それにも関わらず、転職先の会社が経営難に陥るなんて、誰が想像したことでしょう。森さんは現在に至るまで、どんな道のりを歩んできたのでしょうか。

ー関東の会社を辞めて、Uターンを決意したのにはどんな理由が?

森さん 親の病気がきっかけでした。旭川の高専を卒業後、関東にある電気工学系の製造工場で働いていました。勤続約10年。このまま働き続ければ、それなりに給料も増え、昇進もできたでしょう。

ただ、頻繁に帰省できる距離ではないですから、親のことがどうしても心配で…。同時に、ちょうど30歳に差し掛かるタイミングだったので、自分自身の人生についても考える時期だったんですね。人生は1度きりです。「このままで本当に楽しいか?」「自分の望むことをやれているか?」。そう問いかけたとき、家族の近くに住みたい。そう思うようになりました。

ーUターンや移住につきまとうのは「就職先はあるのか」という不安です。

森さん 転職先を探しましたが、旭川にはこれまでの経験を活かせるような仕事がありませんでした。そんな中、北海道主催のUターンフェアに参加したところ、地元で当時としては珍しいIT企業の募集を見つけたんです。一念発起して、ITの世界に飛び込みました。

ー転職先が決まり、晴れてUターンです。仕事は順調でしたか?

森さん 順調と思いきや、です。Uターン転職してから約10年後でした。不景気の影響で、会社の経営が傾いてしまったんですね。そこで、地元で仕事を続けたいという意識で同僚たちと旭川でIT企業を立ち上げました。

その後、出資企業グループに合流して7年が経過。M&Aをめぐる経営方針の変更から旭川事務所が閉鎖となり、メンバーがバラバラに異なる部署(東京本社か札幌支店)への移動を強制されました。私の異動先は札幌でしたが、単身赴任が条件でした。

当時すでに結婚し、新築した家で暮らしていました。旭川と札幌の移動距離は、関東でいうと東京と水戸を超えるくらいのイメージです。通勤できない距離ではありません。会社都合による”プチ移住”といった感じでした。その後条件が改善され、約1年後から通勤が可能に。北海道では珍しい長距離移動になりました。

ーその次に、現在のM-SOLUTIONSに入社されたんですか?

森さん もう一度旭川に腰を据えて仕事したい。札幌にいるときも、その思いは常にありました。そんな中、ある日旭川市の企業立地担当の職員を通じて、旭川でとあるプロジェクトに取り組んでいた東京のIT企業の社長(当時)を紹介してもらったんです。そしたらその社長が色々と検討してくれて、結果的にグループ関連会社である当社開発センターを旭川に設けることになりました。私は昨年4月の拠点開設と同時に、当時札幌、東京で働いていた数人の仲間とともにM-SOLUTIONSに入社しました。

昨年4月に設立された旭川開発センター。通勤時間は車で約10分。周囲には北海道ならではの雄大な景色が広がるという。

広大な土地を使ってドローン用アプリの実証実験

決して順風満帆とは言えない生活だったようですが、願いが叶って再び旭川に身を置くことになった森さん。現在は自宅から車で10分の場所にあるオフィスで、伸び伸びと仕事に向き合うことができているそうです。しかも今だったら、オフィスの窓から広大な紅葉や雪景色が楽しめるとも…

ー今、具体的にどのような業務を担っているんでしょうか?

森さん M-SOLUTIONSは、受付やイベント運営などの業務効率化サービス「Smart at」やサイボウズ社が提供している「kintone」のシステム開発のほか、パーソナルロボット「Pepper」やドローンなどのIoTデバイス用のソフトウェア開発を行っています。

旭川開発センターは、それらのシステム開発業務を主に担っています。現在社員は6人で、全員が北海道出身です。開発業務はクラウド上で行うため、必ずしも東京本社でないとできない業務ではありません。案件やタイミングによって、東京のメンバーとチームを組んで進めるなどしています。

ー旭川開発センターが主導するような仕事もあるんでしょうか?

森さん 例えば、農業向けのドローン用アプリケーションの開発があります。農地の生育状況などをドローンを使って効率よく管理しようというものです。旭川を起点に生まれた「セキュアドローン協議会」に加盟しており、いま実証実験を繰り返しています。東京と違ってここには広大な土地があります。実証実験しやすいんですよ。

旭川には現在、北海道出身の6人の社員が在籍。東京のメンバーと一緒にクラウド上で開発業務を行うなどしている。

毎日スーパーで新鮮な魚を、週末は絶景を写真撮影

森さんがこよなく愛する故郷・旭川。有名な観光スポットや特産品は?そう聞かれてすぐに浮かんでくるのは、動物園やラーメンあたりでしょうか…。ここからは、旭川の魅力や日々の生活にさらに迫っていきます。

ー僕らの知らない”旭川の魅力”を教えてください!

森さん 海産物ですかね。道内の海沿いの町と比べるとやや鮮度は落ちますが、それでも東京とは比較にならないほど鮮度のいいものを、スーパーで手軽に安く買えますよ。例えば、ホッケです。東京にある居酒屋のメニューで1000円くらいで提供されているような大きめのサイズのホッケが、旭川のスーパーなら300円くらいで売られてますね。

それと、意外と知られていないことかもしれませんが、とにかく地震が少ないんです。東日本大震災のときでさえ、旭川の最大震度は3でした。このクラスの地震は3〜4年に1回程度で、私はUターンしてから震度4以上の地震を経験したことがありません。北海道でも浦河や釧路など太平洋側の地域は大きな地震が起こりやすいですが、旭川は驚くほど少ないですね。

ー休日はどんな風に過ごしているんですか?

森さん 風景写真を撮るのが趣味なので、妻と一緒に一眼レフを片手に自然の中を歩きながら撮影しています。「青い池」など幻想的な景観で有名な美瑛(びえい)町には、どんなに道路が混んでいても1時間もあれば着けます。関東にいたら旅行でしか来られないような自然豊かな場所に、朝起きて晴れていたら「行こうか」と、当日の判断でたどり着ける距離感です。これができるのは有意義ですね。


有名な「青い池」(写真上)のある美瑛町など、週末は趣味のカメラを片手に絶景ポイントに出かけているという。

ー森さんの存在が、Uターンの火付け役になるといいですね!

森さん IT企業に限らず、地方には十分生活できるレベルの所得水準が担保された企業の選択肢が、圧倒的に少ないのが現状です。私自身も、高専を卒業した後に地元に仕事がない。その現実を前に、地元が嫌いなわけではないのに関東に渡ったわけです。この開発センターを、そうした理由で北海道を離れざるを得ない人たち、特に若い世代の雇用の受け皿にしたいですね。そのためにも、まだまだオジさんは頑張りますよ(笑)

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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