農業IoTサービス「みどりクラウド」を展開しているセラク(本社:東京都新宿区、東証マザーズ上場)が、長崎・島根両県に設けた研究開発拠点で、サービス強化のための実証実験やスタッフの現地採用に乗り出している。地方各地への拠点展開は、農業の現場に身を置くことで一層のサービス強化を図るとともに、エンジニアなど社員のリフレッシュを主な目的としている。また、ITの技術を使って地域の活性化につなげたい狙いもある。(参考記事はこちら)
45都道府県に導入、損失防止や収量アップで成果
「豪雪地帯なので、冬場は移動や生活が大変でしょうね」。みどりクラウド事業部の持田宏平・事業部長は、苦笑いを浮かべる。同社が今年7月に研究所を開設した島根県奥出雲町は、山間地域にあり雪深い場所として知られる。しかしなぜ、わざわざ気候条件の悪いエリアに拠点を構えることにしたのだろうか…
同社は、ITシステムの構築・運用、WEB・スマホアプリの開発など様々なIT関連事業を展開。独自に開発した農業IoTサービス「みどりクラウド」は、専用機器を購入して電源を入れるだけで、温度や湿度、日照時間、CO2濃度などの計測情報や気象予報データをスマホやタブレット端末、パソコンから遠隔で計測・管理できるモニタリングシステムだ。農業分野へのIT技術の導入がビジネス的に大きな伸びしろがあることに加え、地方の基幹産業を支援することで地域の活性化につなげたい考えがある。
2015年11月のリリース後、2年弱の間にすでに全国45都道府県の生産現場で導入され、「かなりの台数が普及している」(持田さん)。実際に、生産現場からは「3000万円の損失を防げた」「収量が2割アップした」といった声が寄せられているという。
そうした中、この「みどりクラウド」の一層のサービス強化などを目的に長崎県南島原市、続けて奥出雲町に研究拠点を開設した。
実験用ビニールハウス付きの物件
こうした地方進出の狙いについて、持田さんは次のように話す。「農業の現場は地方に広がっています。農家さんから直接フィードバックをいただきながら一緒に取り組むことは、製品・サービスをよりよくするうえで重要です。それと、エンジニアをはじめ社員の多くは普段、室内で長時間パソコンの画面と向き合って仕事しています。社員がリフレッシュできるような”リゾートオフィス”としての役割にも期待しています。まあ、そんなに”リッチ”なシチュエーションではないので、”夏休みに遊びに行くおばあちゃんの家”のようなイメージでしょうか(笑)」
最初に足を踏み入れた南島原市。東京に何度も来訪し、企業誘致活動を行っていた南島原市の担当者と知り合い、その熱意に心を動かされたという。加えて、研究所の入居先として紹介された廃校が「木造校舎で非常に風情がある」(持田さん)ことから、仕事環境も申し分なかった。さらに、市内には「みどりクラウド」を古くから利用する得意先の農業組合があるほか、同市を含む島原半島は農業が盛んな地域として知られる。こうした好条件が重なり、進出を決めた経緯がある。
一方、奥出雲町のケースはどうだったのか。奥出雲町もIT企業の誘致に積極的だったうえに、研究所を置く古民家には敷地内に実験用のビニールハウスがあった。「ビニールハウス付きの物件なんてどこにもない(笑)」(持田さん)と、これ以上ない研究環境に恵まれた。さらに、隣接する新築の建物も社員の宿泊に使えるという条件付き。迷わず手を挙げ、拠点開設を決断した。
UIターンや地元採用で現地体制強化へ
さて、そうしてオープンした両拠点では現在、スタッフの採用活動や研究・実証実験などを進めている。
南島原市では現地でのスタッフ採用が進んでおり、まずは3年後に3人程度の体制を整える計画だ。奥出雲町での採用にはこれから本腰を入れるというが、UIターンや地元での採用を視野に入れている。採用後は、東京の本社で1カ月程度の研修を実施する予定。社員間の交流とともに、事業・サービスへの理解を深めてもらったり、技術を習得してもらうなど支援も手厚く用意する考えだ。
一方、現地ではすでに「みどりクラウド」の実証実験や新機能の研究にも取り組んでいる。東京から研究開発のメンバーを中心に出張ベースで現地を訪ね、同サービスに新たな機能を加える実験などを着手しているという。社員らの反応もいいようだ。持田さんは、「行きたがる社員が多い。南島原市は海や山に囲まれ、温泉もある。奥出雲は有名な『仁多米』をはじめとにかく食が豊か。オフィスの裏には蛍が現れる。リフレッシュするには最適です」と話す。
ビジネス拡大と地域活性化の両立モデル
持田さんは、徐々に動き出したこの新たな取り組みに対し、「東京で新たなサービスや機能を開発しても、実際に畑で期待通りに作動するかどうかはわかりません。そのため、現場ですぐに試験ができる環境があるのは非常にありがたいですね。それと、実際のユーザー(農家)さんからダイレクトに改善や要望の声が聞けるので、それを反映させることでサービスを強化できるメリットもあるはず」と期待を寄せる。
今、開発に取り組んでいる新機能の1つが、日々の農作業をデジタル上で記録する「みどりノート」だ(11月から提供開始予定)。これには、2020年の東京五輪・パラリンピックの選手村などで提供するのに必要な農業生産工程管理「GAP」(Good Agricultural Practice)の認証取得を支援する狙いもある。認証取得には作業記録などの帳票を提出する必要があるが、多くの農家が手書きで記録しているのが現状で、この煩雑な作業が取得を阻むハードルの1つになっているという。しかし、「デジタルデータなら簡単にチェック・管理できる」(持田さん)というのだ。
このように、同社はITの技術を駆使して農業の課題解決に挑んでいる。さらにその先に見据えるのは、地域の活性化につなげる道筋だ。「地域に拠点を構えることは、地域活性化に向けた足がかりの1つと考えています。日本の地方にはポテンシャルがあります。それをIT技術でお手伝いし、私たちのビジネスが成長するとともに、地域も盛り上がる。そういうかたちを模索していきたいですね」(持田さん)