「地方でインターンシップ」は新たな潮流となるか。南魚沼市で動き出した企業・自治体・学生の“幸せな関係”

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新潟市に支社を構えるIT企業のフラー(本社=千葉県柏市)が今夏、同県南魚沼市でインターンシップを実施した。市や現地の民間団体と連携し、地域に密着した様々なプログラムを用意。県内外から7人の学生が参加し、UIターンをテーマにしたアプリを開発するなどした。同社が南魚沼で行うインターンシップは、昨冬に続いて2回目。これまでは千葉の本社を拠点に実施してきた。なぜ、地方にシフトしたのか。そして、受け入れる地元にはどんな狙いとメリットがあるのか。

インターンを本社から新潟へシフト

8月末、南魚沼市内にある古民家「兼続庵」。深夜になっても、学生たちはパソコン画面と向き合い、真剣な表情で話し合いを続けていた。

フラーが南魚沼市などと協力して実施したインターンシップ。学生は1週間にわたって寝食を共にし、フラーの社員からレクチャーを受けながらアプリ開発などに挑戦した。何度も壁にぶち当たり、ときには悔し涙を流した夜も。そんな濃厚な時間を過ごしたせいか、プログラムを終えて別れる際、学生たちは涙を流し合っていたという。

このインターンシップは、フラーと南魚沼市の双方のニーズが一致したことで実現した。どういう経緯があったのか。まずは、フラーが新潟市に支社を開設した時期まで話を戻そう。

フラーは、スマホアプリの開発やデータ分析サービスなどを手がけている。本社は千葉県柏市にある。新潟支社を立ち上げたのは、2017年だった。代表取締役社長兼CEOの渋谷修太さんが同県の生まれで、地元の長岡高専の出身者だったことから「地元に貢献したい」と支社開設を決意。以降、ITの力で地域を活気づけようと活動している。

新潟支社長の坂詰さん

新潟支社長の坂詰将也さんによると、新潟には現在13人の従業員がいる。開設当初は2人だったが、業務拡大に伴い急増。20代を中心に積極的にUIターン採用を行っている。また、地元企業などとの取引も順調に増やしてきた。例えば、「日本三大花火」として知られる長岡花火大会や、アウトドアメーカーのスノーピーク(本社=同県三条市)の公式アプリなどを開発してきた。

さらに目を引くのは、そうした新潟での活動によって「全国的にも知名度が上がり、首都圏の企業からの開発依頼もどんどん増えている」と好循環が生まれているというのだ。坂詰さんは、「地方からでもいいサービスやプロダクトをつくっていれば、全国に情報が行き渡ることを証明できた」と力を込める。

そんなフラーが、インターンシップを本社から新潟へシフトしたのはなぜなのか。それは、「ITで新潟を元気にする」という活動方針に合致すると考えたからだ。県内外から学生を呼び込むことで、新潟の魅力を知ってもらえる。インターンシップの活動を通して、全国に南魚沼をPRできる。そういう狙いがあった。

ただ、地方に移すことで ITスキルの高い学生との接触機会が減ってしまう。そうした懸念も浮かびそうだが、坂詰さんは「社内で心配の声は上がらなかった」と話す。それは、新潟支社の採用実績と関係しているようだ。新潟では地元出身の未経験者も数多く採用してきたが、「真面目で優秀な人が多い」(坂詰さん)とどんどん上達し、貴重な戦力になっているというのだ。

一方で、これとは別に運営上の課題を解消したい考えもあったという。千葉の本社で行っていたときは、参加学生の宿泊先を確保するなど、開発作業以外のオペレーションがやや重荷になっていた。それを南魚沼市や地元住民らに担ってもらうことで、フラーとしてはより開発作業に集中できると考えたという。

今夏、新潟で行われたインターンで熱心に学ぶ学生たち

市、民間団体が施設提供などで全面協力

では、南魚沼市はどう考えていたのか。「市は、若い世代の移住・定住や、南魚沼に興味を持って足を運んでもらうことに力を注いでいます」。担当する商工観光課の小林亮平さんは、そうした方針からフラーと協力したと話す。林茂男市長がフラーの渋谷さんと同じ小学校の出身だったため、日頃から付き合いがあったことも今回の共同開催につながった大きな理由の1つだ。

学生にインターンについて説明する小林さん

全国の地方自治体と同様に、南魚沼市も人口減少や若者の流出に頭を悩ませている。そのため、インターンシップを通じて若者との接点をつくり、地元の魅力を発信したい狙いがあった。そこで、一般社団法人愛・南魚沼みらい塾と手を組み、宿泊場所の確保など運営面で全面協力することにした。

その宿泊と、実際に開発作業を行う施設を提供したのが愛・南魚沼みらい塾だった。同法人が運営する古民家「兼続庵」を利用し、理事の倉田智浩さんは学生らに1日3食の食事を提供するなど、主に生活周りのサポートに奔走した。このように、今回のインターンシップは官民の3者が連携して組み立てられたのだ(詳細は下記の通り)

インターンシップ実施体制の概要図

インターンの舞台になった「兼続庵」

県内外の7人が参加。転職とスノーアクティビティのアプリ開発

フラーが南魚沼市で初めてインターンシップを実施したのは、昨年12月のことだ。このときは新潟県内のほか、静岡、茨城、三重県からエンジニアなどを志す7人の学生が参加。アプリの開発以外にも、学生たちの前で林市長とフラーの渋谷代表との対談を披露するなど、ユニークなプログラムを盛り込んだ。これにフラー、南魚沼市双方とも好感触を得たことから、「夏の陣」と題して今年8月に2回目を実施することにした。

2回目のインターンにも、県内外から7人の学生が参加

2回目も計7人の学生が参加した。エンジニアやデザイナー志望の学生らを募集し、地元の新潟大と長岡技術科学大から各2人、それに実践女子大(東京)と函館高専(北海道)、豊田高専(愛知県)からそれぞれ1人を選考した。

プログラム内容は、大きく2つある。UIターンの課題解決につながるアプリを開発すること、それとインターンシップの経過や結果などを記事にしてWEBやSNSで発信・PRすることだ。

まず、アプリの開発では2つのプロトタイプ(原型)を開発した。1つは、転職アプリ「mun」。市内で活躍する人たちを「キラビト」として紹介したり、企業とDM(ダイレクトメッセージ)でやり取りできる機能などを設けた。

もう1つは、スノーアクティビティを楽しむための「SNOWLOG」。市内のスキー場の情報やその混雑状況などをチェックできるアプリだ。スノーアクティビティを通じて、まずは南魚沼を知り、好きになってもらいたい。そんな思いを込めて開発したという。

「SNOWLOG」ではスキー場の混雑状況などがわかるようにした

そして、WEB記事の作成とPR。WEBコンテンツ配信サービス「note」の自社アカウント上で随時、発信した。実は、これには「ちょっとしたドラマがあった」(坂詰さん)という。担当したライター志望の女子大生は高専3年生。インターンシップの応募条件は「高専4年生以上、大学3年生以上」だったため、本来なら参加できないはずだった。ただ、選考段階で「猛烈な熱意」(坂詰さん)に心を打たれ、メンバー入り。他の年の離れた先輩とうまくやっていけるか。スキル不足が露呈しないか。フラー側も少なからず不安を抱えていたというが、「いい記事をたくさん書いてくれて、結果的に大成功だった」(坂詰さん)

(右)ライティングを担当した学生。インターンのプログラムの一環で、林市長(左)にインタビューも実施した

深夜まで開発作業に打ち込むことも珍しくなかった

地域で活躍する大人に刺激受け、豊かな「食」でリラックス

「本当に成長できた1週間だった」「レベルの高い技術を間近で見せていただき、毎日勉強の日々だった」「こうなりたい、ああなりたいと思える人といっぱい出会えた」

これは、学生たちが「note」に綴った感想の一部だ。終了後に実施したアンケート調査でも、学生の満足度は非常に高いことがわかっている。この満足度の高さは、単に開発作業の充実ぶりからきているだけではないようだ。その裏には、地域との濃密な関わりがある。

過去2回のインターンシップ中、学生たちは地元で活躍する大人たちと交流を深めた。例えば、リゾート施設を運営する有名企業に勤めた後、Uターンして実家の製造業で地域を盛り上げるために活動している人。大学を休学し、地元で若者の人材育成などに取り組む学生。彼らの生き方に触れ、地域が抱える課題を直接聞くことで、アプリ開発にもより熱がこもるようになったという。

そしてもう1つ、食事だ。倉田さんが振る舞う地元料理に学生は一様に舌鼓を打った。南魚沼名産の米、そしてときにはBBQも。倉田さんは「朝から、ときには深夜まで。学生は開発作業に没頭します。体力的にも精神的にもハードなんです。集中するのはいいことですが、たまには息抜きも大事ですよね。みんな、ご飯を食べているときはリラックスした様子で、笑顔になります」と笑顔で語る。フラーの坂詰さんも、こうした地域側のもてなしは「とてもありがたいこと」と感謝を口にする。

一般社団法人愛・南魚沼みらい塾の倉田さん

市内観光も満喫。八海山ロープウェーに乗って雄大な自然に触れた

アメリカに滞在していた代表の渋谷さんとビデオ会議で交流する時間も

インターン最終日の成果報告会。学生たちは緊張した面持ちでプレゼンに臨んだ。そこには、フラーや市、住民など関係者が多く駆けつけた。学生は一定の手応えと、幾ばくかの課題と反省を胸に「もっと成長した姿を見せたい」と再開を誓った。

フラーと南魚沼市は、今後もインターンシップを継続していく考えだ。市の小林さんは、「今回、アプリはプロトタイプで終わっていますが、学生のアイデアや作品が実際に商品としてリリースできるようなかたちにできないか。その可能性を探っていきたいですね」とさらにバージョンアップさせる計画があることを明かした。また、「このインターンで生まれた学生たちとの縁をつないでいきたい」とも話し、いろんな企画やアイデアを構想しているという。

若者の地方志向は強まっている。インターンシップと、それをきっかけにした関係づくりや地域の魅力発信。南魚沼の取り組みは、地域と企業、それに若者との関係を考えるいいヒントになりそうだ。

※写真はいずれもフラー提供

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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