テレワークを始めたら、優秀な人材が集まってきた。“全社員テレワーカー”のTRIPORTがたどり着いた理想の働き方

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北は北海道から、南は沖縄まで。約30人の社員が、全国12の都道府県に点在する。全社員テレワーク——。ITソリューションの開発や経営・労務コンサルティングを手がけるTRIPORT(本社=東京)は、2014年の創業間もない頃からテレワークを基本スタイルとしてきた。離職率は極端に低く、社員の約4割は子育て世代のママやパパだ。先見的な取り組みは国からも高く評価され、「働き方コーディネート」という企業の働き方改革を推進する独自のコンサルティングサービスも展開する。また、テレワークに関するこれまでのノウハウ・ナレッジを活かし、10月には人事・労務をチャットで簡単に“丸投げ”できる、新たな“顧問”のカタチ「クラウド社労士コモン」サービスも開始した。そもそも、なぜTRIPORTはテレワークを導入したのか。そして、どうやってうまく機能させているのか。代表取締役社長CEOの岡本秀興さんに聞いた。

約30人の社員は、12の都道府県で在宅ワーク

「今なら話せる」「チャットならOK」「忙しいから後で折り返す」。パソコンの画面上に、こんな風に一人ひとりの社員の状況がタイムリーに映し出される。これは、TRIPORTが自社で開発し、離れた社員間のコミュニケーションに活用しているWEBシステムだ。

例えば、上司に相談があるとしよう。今、声をかけていいのか、いけないのか。どのタイミングで相談するのがいいのか。対面なら相手の表情や仕事の状況がわかるが、テレワークではつかみづらい。それをWEB上で可視化することで、円滑なコミュニケーションをとれるようにしたのだ。

TRIPORTは全社員がテレワーカーで、子育て世代が多いのが特徴だ

TRIPORTの社員は約30人。30代が多く、4割が子育て中のママ・パパ世代だ。北海道から沖縄まで、社員は全国各地に散らばる。しかも、部署ごとに拠点を置いているわけでもない。開発、営業、コンサル、マーケティング、管理。それぞれ場所はバラバラだ。

現在の体制図。四国を除くすべての地域に社員がいる

社員の多くは在宅勤務をしている。育児や家事、あるいは親の介護。それらを抱えながら、毎日決まった時間にオフィスに通勤するのは大変——。そうした理由で、同社に入社する人は多いという。社員から「オンとオフを切り替えたい」といった要望があれば、近隣のコワーキングスペースを会社負担で借りることなどもある。

月に一度、全員が都内に集まる出社日を除けば、日々のコミュニケーションはビデオ会議や電話、チャットのみ。採用面接や入社後の教育もリモートで行う。

こうしたテレワークをはじめ、働き方は近年どんどん多様化してきている。ただ、全社員がテレワークをしている例は珍しい。しかも、同社の場合は多様な働き方が今ほど注目されていない頃から取り組んできた。なぜなのか。岡本さんは、「優秀な人材を獲得するためだった」と理由を語る。どういうことか。

場所と時間。“2つの制約”を解消してこそ機能する

大学を卒業後、大手IT企業でシステムエンジニアとして働いていた岡本さん。10年ほど勤務した後、学生時代の友人とTRIPORTを設立した。ただ、すぐに壁にぶち当たった。その1つが、採用だ。「事業拡大に向けて、仲間を増やす必要がありました。ただ、僕らは当時まだ弱小のベンチャー。知名度も資金力もない中で、どうすれば優秀な人材が集まってくれるのか。その対策で打ち出したのが、テレワークだったんです」(岡本さん)

代表取締役社長CEOの岡本さん

思えば、前職時代の仲間たちの間にも、時間や場所を固定した働き方に不便を感じている人がいた。一般的にも、育児や介護と仕事の両立に悪戦苦闘し、フルタイムでの勤務が困難だったり、働きたくても仕事を辞めざるを得ないケースは未だに少なくない。意欲はあるのに、働けない。それは本人だけではなく、会社にとっても大きな損失になる。

一方で、ITインフラはどんどん整備されてきている。チャットツールなどのクラウドサービスが数多くリリースされ、コワーキングスペースも急速に増えた。総務省を中心に、国もテレワークを普及させようと関連制度を充実させている。「テレワークを前面に押し出して、働きたくても働けない人が仕事に打ち込める環境をつくれば、優秀な人が応募してくれるんじゃないか」。岡本さんはそう考えたのだ。

すると案の定、採用の問い合わせは増え、いい人材と巡り会えるようになった。例えば、現在のコンサルティング部のマネージャーだ。以前は大手企業で要職を担っていたが、子どもの誕生をきっかけに退社。自分のキャリアやスキルを活かしながらも在宅で働けることに魅力を感じ、TRIPORTへ喜んで入社したという。

ただ、テレワークは「『場所的な制約』を排除する仕組みにすぎない」と岡本さんはいう。もう1つ必要なのは、『時間的な制約』をなくすこと。岡本さんはこう話す。「僕らはテレワークに加えて、就業時間もフレキシブルにしています。例えば、育児中のママ社員の場合です。子どもを保育園に送ったり、体調が悪くなった子どもを学校に迎えに行ったり、夕飯の準備をしたり。そういうときに、その都度上司に報告するのは時間的にコストがかかるし、精神的にもストレスですよね。ですから、中抜けや早退などは本人の判断でできるようにしています」

場所的な制約と、時間的な制約。この2つを解消してはじめて、テレワークは機能するというのだ。

例えば、こんな社員がいる。その女性社員は、国内外を転々としながら仕事をしているのだ。東京をベースにしながらも、ときにはアメリカなどの海外に滞在したり、関西で祖母を介護する両親を手伝ったり。そうやって仕事もプライベートも充実させている。

そして、驚くのは離職率の低さだ。創業6年目にして、離職者はたったの1人。それも「家業を継ぐため」という特殊な事情によるものだという。

テレワークを支える“助言プロセス”とは

とはいっても、テレワークを始めた当初からこうした制度設計がすべてうまく機能したわけではない。特に導入当初は、社員が増えるにつれてコミュニケーションの難しさに直面した。直接顔を合わせない期間が長くなるほど、「信頼している仲間なのに『◯◯さんはちゃんと仕事してるかな』などと、疑心暗鬼になりかねない」(岡本さん)ような時期もあったという。そのため、例えば「毎日一度はビデオ会議を開く」などの試みを1つずつ積み重ねながら、今のスタイルをつくり上げていったという。

そうした独自のスタイルを支える大事な仕組みがある。「助言プロセスによる意思決定」(岡本さん)だ。どういうことか。

同社は、役職などとは無関係に誰にでも意思決定権を与えている。上意下達のヒエラルキー型に対して、ホラクラシー型と呼ばれる考え方だ。例えば、新入社員が新しいアイデアを思いついても、「失敗したらどうしよう」などと考え、遠慮して言い出せない。どの会社にも、そうした雰囲気は少なからずあるのではないだろうか。ただ、それは「もったいない」(岡本さん)。一方で、それは経営リスクでもある。新入社員のアイデアが、必ずしも好影響を与えるとは限らないからだ。

そこで導入したのが、独自の助言プロセスだった。「誰もが意思決定権を持つけど、必ず助言を求めること」をルール化した。同時に、助言を求める相手は「そのアイデアに関連するナレッジを最も持っている人と、実行したときに大きく影響される人。これを必ずやってもらうことにしました。さらに、助言した人も連帯責任にする。そうすることで、真剣に助言するようになるからです」(岡本さん)

岡本さんは、「社内の制度やサービスは、あらゆるものがこの助言プロセスから生まれている」と力を込める。1つ例を挙げよう。中間管理職の配置だ。同社は役職も階級もないフラットな組織形態をとってきたが、社員や業務が増えるにつれて、現場から「中間管理職を置いてほしい」という意見が上がってきた。それが助言プロセスを経て実現したのだ。

「全社員テレワーク」に象徴されるこのような就業スタイルは、周囲からも高く評価されている。昨年だけでも、同社は「輝くテレワーク賞」(厚生労働省)の特別奨励賞を受賞したほか、「テレワーク先駆者百選」(総務省)や「東京ライフ・ワーク・バランス認定企業」(東京都)に選ばれた。

「輝くテレワーク賞」(厚生労働省)の特別奨励賞 表彰式の様子

「働き方コーディネート」サービスという独自の事業も手がける。自社で培った働き方に対する「場所的・時間的制約」を排除するためのあらゆるノウハウを生かし、テレワークなどの社内制度構築やITインフラの整備から運用サポートなどまで、中小零細企業を中心に最適な働き方を提案するサービスだ。また、岡本さん自身もテレワークをはじめとする働き方をテーマにした講演やコンサルティングなどで、全国各地を駆け回っている。

「働き方コーディネート」サービス

テレワークを導入する企業は、これから増えていくだろう。ただ、岡本さんは“導入ありき”の考え方には慎重だ。「テレワークにはリスクもあります。属人性が高いので、安易に導入するとかえって生産性が落ちてしまうからです。事前にどんなリスクがあるかを洗い出し、対処法を考えておいて、そこからPDCAを回すことが大事です」と話す。

理想の働き方にゴールはない

「これまでにない“0→1”の新しいサービスをつくるのが好きなんです」。岡本さんがそう話すように、同社は働き方コーディネートのほかにもユニークなサービスを打ち出している。

「助成金コーディネート」サービスがその1つだ。数多ある助成金制度の中から、どれを選べば効果的か。申請作業などを含めて支援している。これは、働き方コーディネートと密接につながるサービスでもある。例えば、働きやすい環境整備に関連する助成金制度を紹介しながら、働き方改革に取り組む中小零細企業などを資金面からも総合的にサポートしているのだ。

そうした中、さらに「クラウド社労士コモン」という新たなサービスもリリースした。「労務相談・行政手続・助成金申請」など人事・労務に関する必要な情報を、いつでもどこでもチャットで受け取り、気軽に相談し、必要な手続きはそのままプロに“丸投げ”できるサービスだ。

実は、岡本さんは学生時代に社会保険労務士試験に合格し、資格を持っている。そのスキルと自社の取り組みで培ったノウハウを活かし、従来の「顧問」という「場所的・時間的制約」のある対面型のサービス提供ではなく、「クラウドサービスのように気軽に使えつつ、かつ従来の士業にありがちなサービス内容に対する属人性を低減させ、さらに中小零細企業でも“働き方改革”を推進できるようなサービスとして開発した」という。

「クラウド社労士コモン」

さらに、地方創生にも目を向ける。今、岡本さんは生活の拠点を沖縄県に置いている。ここで新たなプロジェクトを仕掛けようと企んでいるのだ。沖縄は都道府県別の平均年収で最下位を争っている。「所得を上げるにはどうしたらいいか。沖縄にいながら、東京並みに稼ぐにはどうしたらいいか。そのための仕組みや構造をつくるために、現地に暮らしながら調査している」といい、将来的にはこのモデルを全国で広げる構想を膨らませているという。

さて、話をテレワークに戻そう。今後のチャレンジとして、岡本さんは新卒採用を構想しているという。現在の社員はすべて中途採用だ。一般的なオフィス勤務を知らない人がテレワークで働くと、どんな成果や課題が見えてくるのか。自社に新たなエッセンスを加えつつ、さらにはそのノウハウをコンサルティングなどに生かしたい考えだ。

「理想の働き方にゴールはありません。常にPDCAを高速で回し続けて、アップデートしていくものです」。岡本さんの探究心は、どうやら尽きることはなさそうだ。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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