温泉合宿から、IoTの共同プロジェクトまで。IT誘致に舵切った大分の今

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大分県が今年8月から、都心部のIT企業や人材を迎え入れ、互いの交流や誘致を進める新たな事業に乗り出している。大分といえば別府や湯布院をはじめとする温泉街が有名で、温泉湧出量・源泉数は国内トップだ。ただ、近年はIT関連産業の誘致や、IoTに関する県外企業との共同プロジェクトに取り組むなどITとの結びつきを強めている。日本一の”温泉県”から”IT県”へーー。大分で渦巻く、ITを巡る動きを追った。

大分は温泉湧出量・源泉数が国内トップの”温泉県”

大分までの旅費や地元企業との交流費用を補助

大分市内にあるコワーキングスペース「Oita Co.Lab Lounge」。ここには県内外から多くの若手経営者やクリエイターが集まり、定期的に交流イベントが開催されている。県出身のIT起業家によるトークセッションやセミナー、起業を目指す学生たちのピッチイベントなど、毎回熱気で溢れる人気のイベントだ。このように今、大分ではITを軸に新たなうねりが沸き起こっている。

地元ベンチャー企業・コラボが運営するコワーキングスペース「Oita Co.Lab Lounge」。イベントは毎回、熱気で溢れる。

「IT企業の地方への誘致は全国で始まっている。ただ、まだ大分の現状を知らない都会の企業は多い。大分の環境を知ってもらい、県内の企業と関わりをもつきっかけにできれば」。県東京事務所企業誘致課の伊東智史・主査は、今回新たに始めた事業の狙いをこう語る。

事業の名称は、「県内外IT企業・人材交流促進事業」。東京など都心部のIT企業に、大分までの旅費のほか、開発合宿やハッカソンなど県内IT企業との交流に使う経費を補助するもので(補助率:1/2、上限30万円)、8月から募集を開始している(来年3月31日まで)。具体的には、ニアショア開発の委託先やサテライトオフィスの候補地、県内IT企業・人材との業務提携や共同プロジェクトの可能性を探る企業などの応募を想定している。

東京事務所で取材に応じてくれた伊東さん。

一見すると、全国の自治体でよく見かける補助制度のように映るかもしれないが、決して突発的に打ち出した施策ではない。県はこれまでもサテライトオフィスの誘致やIoTに関する先進的なプロジェクトの実証実験を行うなど、IT関連企業や人材を受け入れるための環境整備を進めてきたからだ。

14社がサテライトオフィスを開設、離島にも

「以前は製造業が中心だったが、最近は誘致が難しいのが実情だ。そこで、情報関連産業も積極的に誘致を進める対象に加えることにした」。こう話すのは、前出の伊東さんだ。

大分県は臨海部に工業地帯があるほか、ダイハツをはじめとする自動車や、半導体産業など古くから製造業が盛んだった。ただ、製造拠点を海外に移す動きが加速するなど産業構造が大きく変化。若い世代を中心に人口減少も止まらず、新たな産業や雇用の創出が大きな課題となっている。

そこで目をつけたのが、情報関連産業だった。県商工労働部情報政策課の高倉圭司・主任は、「人口減少が続く中で、若者が働く場所を確保し、活力を生み出していく必要がある。ITは通信環境が整備されていれば、地方でも都心部と変わらないパフォーマンスで働ける面があり、期待できる」と話す。

県が取り組むIT関連施策は多岐にわたる。まずは、サテライトオフィスの誘致だ。県は各市町村が実施するオフィスやITインフラの整備に助成を行うなどしてバックアップ。2015年度以降、現在までに大分市や別府市を中心に14社が進出している(予定を含む)

その1つが、外国人旅行者向けのガイドマッチングサービスを展開するHuber.(ハバー、本社=神奈川県鎌倉市)だ。同社は別府市にオフィスを置き、市と共同でインバウンド関連サービスを手がけるなどしている。別府市には今春にも、WEBシステム・アプリ開発のアジアクエスト(本社=東京)が進出。AIを使った観光案内サービスの実証実験などに乗り出している。

サテライトオフィスについては、県北東部にある離島・姫島村での立地も話題を集めた。県内唯一の村で、人口約1900人。コンビニもない島に昨年、東京に本社を置くIT企業2社(ブレーンネット、Ruby開発)が開発拠点を構えたのだ。今、2社がオフィスとして利用しているのが「姫島ITアイランドセンター」。小学校の施設を改修し、高速インターネット回線を敷いた。コワーキング機能も設ける計画で、村は同センターを拠点にIT企業の誘致や人材採用に取り組み、島の”ITアイランド化”を進める方針という。

「姫島ITアイランドセンター」には、東京本社のIT企業がオフィスを構えている。

IoTプロジェクトに大手やベンチャーが続々と参入

大分県ではもう1つ、ユニークなプロジェクトが進行中だ。県内外の企業が連携し、IoTの最新技術を用いたプロジェクトを打ち立てようという「おおいたIoTプロジェクト推進事業」だ。

これは、県が推進する〝OITA4.0〟に紐づく事業。〝OITA4.0〟は”大分県版第4次産業革命”を意味し、IoTやAI、ドローン、ロボットなどの先端技術を駆使した製品・サービス開発や人材育成を進めることを目的にしている。IoTプロジェクトのポイントの1つは、県が事務局となり、県内外の有識者と連携しながらニーズやシーズの情報収集、マッチング活動を行っていることだ。各界の知見と現場の課題やノウハウを掛け合わせ、大分オリジナルのプロジェクトを生み出す狙いだ。

QRコードを利用し、多言語に翻訳されるシステム(写真はイメージ)

昨年度に開始し、現在までに計31件のプロジェクトを認定している。例えば、QRコードを活用した多言語翻訳プロジェクトがある。これは、飲食店のメニューや観光施設の案内などをQRコードで読み取ると、多言語に翻訳されるシステムだ。翻訳アプリなどを手がけるkotoZna(本社=東京)と、県内のIT企業や旅館組合などがタッグを組んだ。温泉で有名な大分には外国人旅行者が多く訪れるが、大分でも試合が行われる来年開催のラグビーW杯を控え、インバウンド向けサービスを強化するのが目的だ。

一次産業にITを活用するプロジェクトもある。国内有数の規模を誇る養殖ブリ。高齢化や人材不足が課題とされる中、ウミトロン(本社=東京)が養殖魚の成育管理などにAIやIoT技術を応用。地元事業者の業務効率化や経営改善に乗り出そうとしている。車えびの養殖が盛んな離島・姫島村でも、同様に水質環境のデータを収集するなどして養殖の生産性向上を目指す動きがある。これは、ブロードバンドタワー(本社=東京)の子会社・IoT スクエア(同)が、地元の養殖事業者と協力して進めている。

養殖ブリの成育管理などにAIやIoT技術を応用したプロジェクト(写真はイメージ)

こうした動きが、大企業の目にも止まったのか。航空大手のANAグループは、新規事業として研究を進めるアバター技術(※)の実証実験を大分県内で行おうとしている。

※VRやロボット、センサーなどのテクノロジーを用いて、離れた場所のロボットを遠隔で操作し、まるでその場にいるかのようにコミュニケーションや作業を行う技術。

〝OITA4.0〟に派生した取り組みではこのほかにも、ドローンの研究や実験を巡る動きがある。昨年、200を超える関連企業・団体が集まり「大分県ドローン協議会」を設立。今年4月には県産業科学技術センター内に、西日本唯一のドローンの開発拠点をオープンさせた。

いずれもまだ研究・実証実験段階のプロジェクトだが、その数や独自性は”IT県・大分”を印象付けるには十分に見える。

高倉さんは、IoT関連プロジェクトについてこう話す。「大都市のIT企業でも、受託開発だけでなく自社オリジナルのプロダクトやサービス開発を検討している企業は少なくないのではないか。県外の企業には、大分をその実証フィールドにしてもらい、同時に地域の課題を解決するようなプロジェクトにできればいい。結果として、『大分はおもしろそうだ』『新しいことが起きている』といったイメージが広がることを期待している」

地元ベンチャーが「クリエイティブアカデミー」を共同設立

「〝OITA4.0〟を進めるうえで、IT人材の育成は基盤となる大切なテーマだ」。商工労働部情報政策課の渕貴美子・副主幹がそう語るように、人材育成も重要課題に据えている。エンジニアをはじめとするIT人材は全国的に不足しているとされるが、それは大分でも同じ。県外企業が大分への進出を検討するうえでも、「現地で優秀なスタッフを確保できるかどうか」は重要な指標になる。

「OITA CREATIVE ACADEMY」第1期生の卒業式。

プログラミング教室や出前授業など各年代に合わせて様々な施策を打っているが、特にユニークなのが「OITA CREATIVE ACADEMY」(おおいたクリエイティブアカデミー)だ。県内の複数のITベンチャーが共同で設立したNPO法人が運営。各社の社員らが講師となり、WEBアプリやデザイン制作などをテーマに講義している。昨年から始まったが、東京で経験を積むなどした講師から最新のトレンドを学べるなどと好評のようだ。

人材育成では、外国人留学生の活用も視野に入れている。大分には留学生が多く在籍する立命館アジア太平洋大学(通称:APU、別府市)があり、県内にはアジアを中心に87カ国・地域の3500人を超える留学生が暮らしているという。人口あたりに占める留学生数は、京都府に次ぐ全国2位だ(大分県調べ)

「外国人留学生の起業や県内企業への就職促進は今後の課題」(渕さん)といい、現在はAPUの施設内に「おおいた留学生ビジネスセンター」を設置するなどして、留学生の起業や就職支援を行うなどしている。

情報政策課の高倉さん(右)と渕さん。県と民間企業の連携も重要な要素だ。

一連の事業は緩やかに成果を上げているものの、まだ道半ばでもある。今回新たに始めたIT企業・人材の交流促進事業は、大分と関わる企業や人材の裾野を広げるための新たな一手だ。

伊東さんは、「ITの進展と働き方改革を背景に、サテライトオフィスの設置や地方進出を希望する県外企業が増えている。一方で、大都市圏のIT企業は地方や地元企業と知り合うきっかけがあまりない」としたうえで、この事業を通じて「県内外のIT企業の共同プロジェクトの実施や、ニアショア開発などの提携につなげたい。ゆくゆくは、大分へのオフィス進出などを期待している」と話す。

一方、高倉さんも「最近は”関係人口”という言葉が注目されている。まずは温泉合宿のようなかたちで県内の魅力的なIT企業や地元事業者と交流してもらいながら、大分発のITプロジェクトに参画してもらえれば」とラブコールを送る。

◆「県内外IT企業・人材交流促進事業」の詳細は下記を参照。
https://itashore.com/oitaitbu/

◆移住関連情報は、「大分県移住・交流ポータルサイトおおいた暮らし」まで。
https://www.iju-oita.jp/

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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