宮崎県”最小”の高鍋町とIoTのまちづくり。エイムネクストとの実証実験が本格化へ

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宮崎県の中心部・宮崎市の北部に位置し、面積が県内最小の高鍋町。この町で今、昨年当選した黒木敏之町長のもとで緩やかに”改革”が進んでいる。ITをまちづくりに活用する構想もその1つで、これに参画しているのがITコンサルティングやIoT技術に長けたエイムネクスト(本社:東京)だ。地方とIT企業。両者が思い描く町の姿とはーー。

IoTで農地の栽培管理。温度と湿度を計測

見渡す限り黄色に彩られた広大なひまわり畑。その数、およそ1100万本。高鍋町にある染ヶ岡ひまわり畑には、毎年8月の見頃になると多くの見物客が押し寄せる。家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)が襲った2010年、「花を見て元気になってもらおう」と地域の環境保全協議会がキャベツ畑だった場所に植栽したのが始まりだ。そんな風光明媚な自然風景が広がる高鍋町は、米沢藩を改革した上杉鷹山や、日本で最初に孤児院を設立した石井十次などを輩出した”歴史と文教の町”としても知られる。

これが高鍋名物の染ヶ岡ひまわり畑。一面が黄色に咲き誇る圧巻の光景だ。

そんな高鍋町で、エイムネクストは昨秋から従業員2人を現地採用し、事業化に向けた業務を開始。今年4月には町とIT技術を活かしたまちづくりを進める連携協定を締結し、7月には建設中だった自社オフィスが完成した。現在は、町内のIoTインフラ構築の一環として、キャベツ畑にセンサーなどの機器を設置し、畑の温度と湿度を計測。そのデータをWebアプリケーションで遠隔で閲覧できるシステムの試験運用を行っている。従来は農家が目視や熟練の感覚で栽培管理などを行っていたが、効率的な計測や収穫物そのものの品質向上などが可能か調査しているという。

同社は事業所の開設を機に現地採用のスタッフをまずは6人にまで増やす予定で、畑の計測エリアや対象農家を広げたり、農業以外の分野でもIoT技術の活用が可能かどうか順次テストしていく計画だ。

事業所は7月に完成。古民家を改装した一軒家(右)と来客などに使うログハウス(左)

まずは町内の畑を舞台に、IoTの実証実験に乗り出している。

「一緒にやりましょう」。町長と意気投合

エイムネクストは、業務システムや組み込みソフトウェアなどのコンサルティングや設計・開発などに加え、人材育成や企業改革などに関するコンサルなども手がけている。トヨタ自動車の技術畑を歩み、国際的なコンサル企業であるアクセンチュアでの勤務経験もある清威人社長を筆頭に、”技術とコンサルティング”を掛け合わせたユニークなサービスが売りだ。

IoT分野の研究にも長けており、”工場のIoT”と呼ばれる「スマートファクトリー」を世界に先駆けて提唱したのが清社長だ。昨年には工作機械メーカーのヤマザキマザックと提携し、新会社AIZAKを設立。工作機械分野でIoTを活用した次世代ビジネスモデルの構築にも取り組んでいる。

中国、ベトナム、シンガポール、インドネシアと海外にも拠点を置き、日系企業に対してコンサルティングや市場調査など様々な進出支援サービスを展開している。そのため東京本社の顔ぶれも多彩で、外国籍の社員が2割ほどいる。

そんなグローバルなIT企業が、なぜ高鍋町と協定を結んだのか。それは、清社長のルーツにあった。父と祖父が高鍋町の出身で、叔父が町内に暮らしている。小さい頃は、よく高鍋に遊びに行っていたそうだ。転機は昨年、現在の黒木町長が町長選に出馬するタイミングだった。町長は、麦焼酎「百年の孤独」で有名な酒蔵・黒木本店の社長で、選挙戦の最中も民間経営者の経験を活かしながら”改革”を進める考えを強調していた。清社長はその考えに共感し、実際に顔を合わせて会話を交わすうちに、互いに「一緒に何かやりましょう」と意気投合した経緯があるという。

エイムネクストの清社長。高鍋町での事業に大きな期待を寄せている。

畑の温度と湿度を計測するために設置した機器。

清社長が今回の協定締結や事業所の開設で特に意識を向けるのは、地域への貢献とIoT技術のノウハウの蓄積だ。「IoTを活用することで町の魅力や特性を引き出し、地域の人たちが豊かに暮らせるビジネスモデルをつくることに貢献したい。エイムネクストとしても、IoT技術のノウハウを積むことができます。IoTサービスの実証実験をやろうと思っても、都会では難しい。ただ、ここ(高鍋町)なら行政も協力してくれ、”日本初”や”世界初”の技術開発に挑戦できる可能性があります」

一方、高鍋町にとっても行政コストの削減や、魅力的なまちづくりにつながるメリットがある。今後の人口減少や行政規模の縮小を見据え、ITを活かしたまちづくりで産業の活性化や関連企業の誘致などを進めたい考えがあるようだ。

Uターンと嫁ターンの30代社員を採用

そんな町の期待を示すかのように、7月に開催された新オフィスの内覧会には、町役場や地元企業の関係者、近隣住民が集まり新たな門出を祝った。事業所は築130年の古民家を移築・改装した建物と、北欧から輸入して建設したモダンなログハウスの2棟からなる。古民家はシステム開発などの通常業務のオフィスとして利用。ログハウスは来客者との打ち合わせや、東京本社メンバーを含めた社内研修などに活用する。

開所式には役場や地元企業の関係者が駆けつけ、地元メディアもその様子を伝えた。

今このオフィスで働いているのは、昨年採用した伊藤佳貴さんと中野尚太さんの2人だ。ともに30代の働き盛りで、前職はIT企業だった。2人は今、エイムネクストでの新たな挑戦と高鍋町での暮らしを楽しんでいる。

伊藤さんの出身は宮崎市。エイムネクストの入社前は、横浜市にあるIT企業でソフトウェアの開発業務などを担当していた。「もともとUターン願望があった」というが、決定打となったのは子供の誕生だった。妻も宮崎県出身で、「都会よりも自分たちが生まれた土地で育てたい」との思いが募ったという。

ふとした瞬間に、「帰ってきたな」と実感することがある。道を歩いているとき、すれ違いざまに交わす「おはよう」「こんにちは」の挨拶。そんな何気ない会話が、都会にはない地元らしさだと笑顔で語る。通勤のストレスがなくなったことも大きいと話す。以前は電車で1時間以上かけて通勤していたが、今は自転車で通っている。通勤で疲弊することがなくなり、「仕事への入り方が変わりました」という。

2人の現地採用スタッフは、風情ある古民家風オフィスで仕事に励んでいる。

一方の中野さんは、いわゆる”嫁ターン”だ。福岡県で生まれ、東京に本社を置くIT企業で組み込み系ハードウェアの開発などに従事していた。高鍋町出身の妻との結婚を機に同町に引っ越し、その後は宮崎市内の会社でWebサイトの開発などをしていた。

ただ、通勤は車で1時間程度。自宅や妻の職場は高鍋町にあるため、「お互いに近い方が過ごしやすい」とエイムネクストへの入社を決めた。現在の通勤時間は徒歩10分。昼の休憩時間に自宅に1度帰ることも少なくない。中野さんによると、高鍋町は「人口に対する飲み屋の軒数が国内有数」とのことで、「お酒好きの人にもやさしい場所」だそうだ。

2人は、高鍋町での新たな仕事に対しても「町に貢献できる仕事をしたい」(伊藤さん)、「地域のみなさんのお手伝いができれば。結果を残していきたい」(中野さん)と、やる気を漲らせている。

モダンな雰囲気が漂うログハウス。打ち合わせや社員研修などに活用する。

東京一極集中の”魔法”が解けるまで

「とにかく、ありとあらゆることを試していきます」。清社長は、こう力を込める。その第一歩として着手したのが農業におけるIoTのインフラ構築だが、今後は高齢者の見守りや駐車場・トイレの空き状況のモニタリング、観光施設の入場数管理など、幅広いシーンでIoTサービスの可能性を探っていくという。

今後、この高鍋事業所を拠点に様々なサービス開発にトライしていく計画だ。

「とにかく高鍋町の知名度を上げたいですね。高鍋町に行けば、おもしろいことができそう。そう思ってもらえるようになれば、ITをはじめとする企業の進出やUIターン者の増加が期待できます。行政や地元企業、住民たちと”一緒にやっていく”ことを大切に、どんどんチャレンジしていきますよ」

そう語る清社長が予期するのは、地方シフトの時代だ。清社長が日頃から感じていること。それは、例えば都会の満員電車に揺られている人たちの冴えない表情や、些細なことでいがみ合う心の余裕のなさだ。一方で高鍋町に行くと、都会に比べると多くの収入を得る機会は少なくても、明るく楽しそうに生きている人たちに出会う。だからこそ、「高鍋町でもやりがいのある仕事や、安定した収入を得られるようになればどうでしょうか。そうすれば、田舎暮らしの方が人間らしい快適な生活が送れる。そう魔法が解けるはずです」

東京一極集中から地方分散の時代へ。ネット環境や移動手段が進化し、今や”都会でないといけない”理由は徐々に薄れてきている。その動きは今後、さらに加速していくのではないだろうか。「僕らにできることは小さなことかもしれませんが、高鍋町で地方暮らしのモデルをつくっていきたいですね」(清社長)。高鍋町とエイムネクストが取り組むIoTのまちづくりは、これから新たな姿を見せていく。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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