今、高知にITベンチャーが集まる理由。官民一体でIT・コンテンツ人材育成へ

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今、高知県のIT・コンテンツ関連産業が盛り上がっている。約8年前、県はIT・コンテンツ関連産業の振興を重要施策の1つに掲げ、関連企業の誘致やエンジニアなどの人材確保を進めてきた。そうした中、県は新たな一手を打ち出した。キーワードは、人材育成だ。プログラミング教育で実績のある有力企業らと手を組んで、県内から優秀なIT人材を育てる構想。成果を上げはじめたIT・コンテンツによる地域活性化ーー。動き出したその”第2幕”の実態とは。

予想超える160人超が来場。学生らの関心高く

JR高知駅から徒歩約15分。高知県立大学・高知工科大学永国寺キャンパスに5月26日、多くの来場者が押し寄せた。目的は、「高知県IT・コンテンツアカデミー開講式」に出席するためだ。会場には定員を上回る160人超が来場。地元の学生を中心に、県内に拠点を置くIT・コンテンツ企業の経営者や社員なども顔を揃えた。予想以上の熱気と関心の高さに、県の担当職員らは大慌てで準備や誘導に駆け回っていた。

会場には定員を上回る160人超の学生らが押し寄せた。

「2倍、3倍、いや10倍以上、さらにIT・コンテンツ関連産業を大きく育てていきたい」。開講式の冒頭で、尾﨑正直知事はこう高らかに宣言した。知事は、県がIT・コンテンツ企業の誘致を強化方針に掲げたことについて「高知の強みを生かせる分野だから」と話す。

地方自治体による企業誘致は製造業が主体とされてきたが、物流などの地理的条件からすると高知は「昔から不利と言われてきた」という。ただ時代は変わり、ITは有力な企業誘致の選択肢として認知され始めている。そうした背景を踏まえ、尾﨑知事は「高知は多くのクリエイティブな人材を輩出している。その強みを生かして、IT・コンテンツ産業の県内集積をもっと進めていきたい」と強調した。

知事によると、立地補助金を創設するなど今から3年ほど前に強化方針を打ち出して以降、IT・コンテンツ企業の誘致は着実に進んでいるという。現在、県内には15社のIT・コンテンツ関連企業が立地し、新規雇用の人数は180人ほどに達している。こうした動きをさらに加速させる目的で立ち上げたのが、今回のIT・コンテンツアカデミーだ。尾﨑知事は、「IT・コンテンツ産業を育成していくためには人材が大事だ。県として、大いに力を入れていくことにした」と力を込める。

開講式の冒頭で挨拶する尾﨑知事。

IT教育の有力企業とタッグ。”四国初”の講座も

新たに開講するアカデミーのプログラムは、具体的にどんな内容なのか。それは、主に中高校生や大学生らを対象に基本的なプログラミングの知識・スキルを学ぶ「基礎講座」と、最先端の技術や企業の教育プログラムで構成する「専門講座」の2本の柱からなる。さらに、それぞれの講座には目的や受講内容に応じて複数のコースが用意されている(下記の表を参照)

各講座の内容(高知県ホームページから)

最大の特徴は、プログラミング教育で国内屈指の実績を誇る企業と連携していることだ。その1つが、基礎講座内にある大学生、専門学校生を対象にした「アプリ開発人材育成講座〈アドバンスコース〉」だ(受講料:大学生などは1000円、中高校生は実費)

これは、中高校生向けのプログラミング教育を手がけるライフイズテック(本社:東京都港区)が導入するプログラム。同社は全国各地でプログラミングキャンプなどを実施しており、これまでに延べ2万8000人超の中高校生にプログラミングの機会を提供してきた。今回は県から委託を受け、中高校生を教育する大学生のメンター(指導者)を育成するプログラムを提供することにした。全国各地で展開している同様のプログラムで1200人を超える大学生メンターを育成してきたが、四国では初の導入となる。

同社は今回、中高校生向けのプログラムも実施することにしており、担当する勢井海人さんは「大学生が研修を受け、スキルをつけた後に中高校生に教える。中高校生が学び、成長し、大学生になったらさらに下の世代に教える。そうした育成のサイクルを回していきたい」としている。

それだけではない。同アカデミーの目玉の1つには、「アプリ開発人材育成講座〈エキスパートコース〉」(受講料:5万円)もある。これを提供しているのは、累計10,000名以上の受講実績をもつテクノロジースクール「TECH::CAMP」や、エンジニアの養成・転職支援「TECH::EXPERT」などを展開しているdiv(本社:東京都渋谷区)だ。同プログラムでは、WEBアプリに関する最先端の技術を習得できるのが最大の特徴だ。同社が同様のプログラムを地方都市で展開するのは、今回が初めての試みという。

同社の代表・真子就有(ゆきなり)さんによると、7〜11月にわたる同プログラムは総学習時間が500時間に及び、講座終了時には「仕事を受けられるプロのレベルまで近づける」という自信作に仕上がっているという。実際、会場にいたある同業者(エンジニア)からは、「破格の金額。こんなチャンスは滅多にない」との声が漏れるほどだ。

講座には、同社の社員を中心に優秀なメンターを派遣。さらに、実際にグループでオリジナルのサービスをゼロから立ち上げる実践形式のメニューも盛り込まれているという。真子さんは、「世の中にはいろんな技術がある。今後はそれらを組み合わせて、新たな課題解決につなげられる人の市場価値が高まっていく」とし、そうした人材を高知から輩出することに期待感を示した。

尾﨑知事も、「県内の中高校生、大学生、社会人、さらには県外の人。多くの人に利用してもらいたい」と来場者に呼びかけ、さらに「人材が集まるがゆえに産業が集積し、産業が集積するがゆえにさらに人材が集まり、人材が集まるから高知で突き抜けた何かが生まれる。そういう世界を目指していきたい」とした。

<各プログラム・講座の詳細はこちらから>

県内IT・コンテンツ企業10社も強力バックアップ

今回のアカデミー開講を受け、県内に立地するIT・コンテンツ各社の間でも歓迎ムードが広がっている。この日のアカデミー開講式には県内のIT・コンテンツ企業10社の経営者らが出席し、来場した学生たちに自社の魅力をPRする場面もあった。

県内のIT・コンテンツ企業10社の経営者らが揃って来場。発言しているのは、SHIFT PLUSの松島社長。

ゲームソフトやVR(仮想現実)のコンテンツを企画・開発しているモノビット(本社:神戸市)の子会社で、昨年9月に高知で操業を開始したAVOCADO(アボカド)もその1つだ。代表の本城嘉太郎さんは、「地方のエンジニアが最先端の技術を学べることをコンセプトにやっている」としたうえで、「これから10年間で県内で100人以上のエンジニアが在籍する会社をつくりたい」と強気のビジョンを披露した。

ソフトウェアの品質保証などを手がけるSHIFT PLUSの松島弘敏社長は、「今は都市と地方で働く選択肢に大きなギャップがある」との認識を示したうえで「働き方や暮らし方のニーズは多様になってきている。例えば、地元で両親と暮らしながらキャリアを追求できるような、地方で働く選択肢が増える未来をつくりたい」と力説した。

「高知をエンジニアの天国にしたい」。そう話すのは、AI(人工知能)の技術開発に取り組むNextremerの高知AIラボ代表・興梠敬典さんだ。「東京と同等の価値を社会に提供したいし、高知だからといって安い仕事をやるつもりもない。エンジニアの思いをかたちにして、新しいサービスをつくれる場所をつくりたい」と夢を語る。

“マンガマーケティング”というユニークな事業を展開するシンフィールドも、高知市内にオフィスを構える企業の1つだ。マンガと高知の縁は深く、「アンパンマン」の作者・やなせたかしさんの出身地であることなどで有名だ。同社社員の主な業務は、企業のマーケティングなどに使うマンガの制作。制作部マネージャーの村井幸博さんは、「会社に勤め、マンガを描いて給料をもらう。全国を探しても、なかなかないのではないか」とし、高知で働くことの魅力を訴えた。

開講式当日はこのほかに、IT業界の事情などに詳しいヤフーのコーポレートエバンジェリスト、伊藤羊一さんによる基調講演も行われた。伊藤さんは「これからの働き方」などをテーマに持論を展開。IoTやAIなどの目覚ましい技術発展に触れ、「場所を選ばない多様な働き方が広がっており、これからさらに加速していく。働く場所、時間を自由に選択できる世界に変わっていく」などと時代の変化を占った。

「これからの働き方」などについて熱く語るヤフーの伊藤さん。

開講式を終えると、今度は会場を移して企業関係者や学生たちによる交流会を開催。各社のブースの前では、学生たちが食い入るように担当者の説明に耳を傾ける姿が見られた。さらに、VRのゲームや液晶タブレットを使ったマンガ制作を体験できるコーナーも設置。最先端の技術に肌で触れながら、学生たちは思い思いの時間を過ごした。

VRゲームの体験コーナー。

液晶タブレットを使ったマンガ制作を体験する参加者も。

交流会会場ではドローンも展示。

尾﨑知事「ここから先が重要。今が正念場だ」

開講式終了後、尾﨑知事がシフトローカルのインタビューに応じた。

ーーIT・コンテンツ産業の誘致に関して、手応えは。

当初は「本当に高知でIT・コンテンツ産業がうまくいくのか」という議論もあった。ただ、様々な仕掛けをしていく中で、徐々に勢いがつき始めた。ようやく本格化してきて、いよいよさらに加速していく。今日改めて、そんな盛り上がりが出てきたことを実感できた。

ーー成果の決め手になったのは何か。

間違いなく、人だ。熱意をもった人がたくさん来てくれている。最初は高知に所縁のある人から始まり、その後出身ではないけれども高知を好きになってくれる人が集まり、一緒にIT・コンテンツ産業を盛り上げようとしてくれている。そうやってある程度の集積ができてくると、自然と仲間がどんどん増えてくる。今、そういう流れが生まれつつあるように感じている。

ーー課題はあるか。

ここから先が重要で、特にエンジニアの人材確保は課題だ。いくら企業を誘致しても、人材が育たないと限界がある。大事なことは、2つある。UIターンを含め県外からもっと多くのエンジニアに来てもらうこと。それと、県内で自前でエンジニアを育成すること。首都圏で開催する交流会などに加え、今回のアカデミーのように、高知でも人材育成を行うための仕掛けが必要だった。特に、子どもたちにプログラミング能力を身につけてもらう講座にとどまらず、就職に直結するようなプログラムをつくることが重要と考えていた。県外からエンジニアに来ていただく、さらに地元で育てる。その両方をしっかりと進めていきたい。

ーーアカデミーの講座は充実している印象だが。

これには、もう1つ仕掛けがある。立地していただいた企業の社員の皆さんが、ステップアップできるような講座も設けようとしている。例えばゲームのデザインやマーケティングの手法を専門的に学べるなど、企業の人材育成ニーズに沿ったオーダーメイドの講座を協力してつくることもできる。誘致した側としてのアフターサービスとして、企業の皆さんが高知で事業を拡大・再生産していただくためのきっかけにしたいと思っている。

ーー今後の動きも期待できそうか。

とにかく、若い人が地元に残り、あるいは県外から来てくれるためにはIT・コンテンツ産業が非常に大事と考えている。今はその正念場だ。ここからさらにぐっと伸ばしていくため、いろんな仕掛けを講じていきたい。

IT・コンテンツ企業の説明に、来場した学生たちは熱心に耳を傾けていた。


高知県は9月1日、首都圏在住の県出身者や高知県に興味のあるITエンジニア・クリエイターが集う「高知家IT・コンテンツネットワーク大交流会Vol.3」(13〜17時半)を東京都内で開催する。divの真子代表のほか、県内のIT企業が参加。懇親会も予定されている(詳細・申し込みはこちらから)

また、それに先立つ7月25日には「高知の未来を考える若手コミュニティをつくろう!」、8月4日は「地方で働くって実際どうなの?〜高知で働くエンジニアによるリアルトーク〜」と題したミニ交流会もそれぞれ都内で開催する予定だ。後日、シフトローカルのイベント開催ページにて詳報予定。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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