温泉と外国人留学生が集まる町。大分・別府が秘めるITの可能性

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IT業界では、エンジニアをはじめとする人材不足が課題になっている。人口が集中する都心部では採用コストが年々上昇。一方で、地方創生の流れを受けて若者のUIターンも増えており、各社が地方を拠点に採用活動に乗り出す例も見られる。他の業種と比べても場所を選ばず働けるITの世界は、地方との相性がいいはずだ。今回は大分県別府市を舞台に、ITと地方の関係を探ってみた。

湯煙があちこちから上がる温泉街。別府ならではの独特な光景だ。

「別府Lab」開設、5年で30人採用へ

総務省の調査によると、2017年10月現在の日本の生産年齢人口(15~64歳)は約7596万人で、2030年には約6773万人に減少する。各業界で人材不足が叫ばれているが、それはITの分野でも同様だ。近年、エンジニアをはじめIT人材の採用・獲得競争が激しくなっている。

そうした中、IT各社が優秀な人材を地方で採用するケースが増えつつある。働き盛りの世代を中心に地方移住の流れが加速していることもあり、各社は地方にサテライトオフィスを構えるなどして地元雇用やUIターン採用を進めているのだ。ITという成長市場で地元雇用を増やすことは、地域貢献という意味でも意義は小さくない。

東京に本社を置くITベンチャーのアジアクエストもその1つだ。同社は2012年に設立。IoTプラットフォーム「beaconnect plus(ビーコネクト プラス)」をはじめWEBシステム・アプリ開発やITインフラの構築・運用などを手がけている。また社名が示す通り、インドネシアとマレーシアに支社を構え、今後も東南アジアを中心に拠点を広げていく予定だ。

4月末、同社は大分県庁で別府市への進出表明を行った。同市に事業所「別府Lab」を開設し、UIターンの中途採用を中心に1年で5人、5年で30人の採用を計画している。また、市内に立地する立命館アジア太平洋大学(APU)と連携し、同大に数多く通う外国人留学生をはじめ、学生との交流を深めるなどして将来的な採用につなげたい考えもあるという。さらに県や市と連携し、IT産業や地元経済を盛り上げるプロジェクトにも参画する。

4月末、大分県庁で知事や別府市長とともに進出表明を行った。

別府市内に構えた「別府Lab」のオフィス内の様子。

APU卒の外国人留学生の採用も視野に

実は、同社と別府市には遠からぬ縁があった。社内には現在、APU卒業生が新卒採用を含めて6人在籍しており、創業メンバーの1人で今回取材に応じてくれた岩崎友樹さん(SI事業部長)は同市出身だ。

APUはその名の通り、アジア各国の外国人留学生が多数在籍しており、学生数の約半数に上る3000人ほどが外国人だ。中国や韓国だけでなく、ベトナムやインドネシア、タイ、バングラディッシュなど出身地が幅広く、その数は90カ国・地域に迫る。教員の外国人比率も半数ほどに達する。

同社に勤めるAPU出身者にも、外国人が3人含まれる。インドネシア出身の社員が現在、インドネシア支社の代表を務めているほか、国内でもインドネシア人とウズベキスタン人がそれぞれエンジニアとして働いている。APU卒業生ではこのほかに、中途採用した大分県出身の社員が福岡オフィスを統括している。

インドネシア法人代表のAPU卒業生、エディーさん(撮影:アジアクエスト・石亀広大)

ほかにウズベキスタンとインドネシア出身のエンジニアが在籍(撮影:アジアクエスト・石亀広大)

岩崎さんは今回の別府Labの設立について、人材確保を大きな目的に挙げる。「東京では採用コストが年々上がっている。福岡も同様だ。一方で、私自身もそうだが、仮に地元に帰りたいと思ってもITの(仕事の)選択肢がないのが実情だ。東京や大阪で働いている人の中で、地元に戻りたいと考えているような人の受け皿になりたい。地元に貢献できるという意味で、モチベーション高く働けるのではないか」とUIターン採用に意欲を見せる。

同時に、「当社のビジョンとの相性がいい」ことも別府進出のきっかけになったと話す。「アジアはこれから伸びていく新興市場だ。今後そこでビジネスを拡大していくうえで、アジアの優秀な人材が多くいる別府は親和性が高い。採用の受け皿になるとともに、県や市とも一緒に何か取り組みができないかと考えた」という。当面はUIターンを軸に、これから採用活動を本格的に行っていく計画だ。

偶然にも、自身も別府市出身だという岩崎さん。創業メンバーの1人でもある。

”第4次産業革命”の「OITA 4.0」に参画

別府Labが実施する具体的な事業の中には、産学官の連携プロジェクト「OITA 4.0」というものがある。「4.0」は”第4次産業革命”を表す数字で、IoTやAI、ロボット、ドローンなどの先端技術を使ったサービス開発を強化し、IT人材の雇用創出・育成や産業振興につなげようというプロジェクトだ。行政や県外内の企業、大学などが連携して進めるこの事業に、アジアクエストとしても積極的に参画していくという。

現在、県をはじめ関係機関との議論や事業アイデアの提案を行うなどしており、これから徐々に具体化させていきたい考えだ。岩崎さんは「地域に貢献しながら、国内や世界の先駆けになるようなサービスをつくっていきたい」と力を込める。

一方、APUとの連携ではまだ具体的な動きはないが、岩崎さんとしては「ITに興味をもってくれる人を増やしたい」と考えている。「県や市内にはIT企業が少ないため、在学中にIT企業に就職するイメージが湧きづらい。優秀な人は公務員や弁護士、医者などを目指す人が多いが、世の中は今、ITでどんどん変わってきている。ITの世界にも興味をもってもらい、”地元でアジア展開しているIT企業に就職する”という選択肢を広げたい」

東京・飯田橋にある本社オフィス内。木目調のデザインで、開放的な空間を演出している。

温泉×インバウンドで観光振興を

別府と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。筆頭格は、やはり温泉だろう。市内のあちこちに無数に広がる温泉には、100円程度の安価で入浴できる。かつてはそれを目当てに多くの観光客で賑わった。岩崎さんは「これは会社としての方針ではないですが」と前置きしたうえで、その温泉を軸にした観光振興に将来性を感じているという。

実際に今、市は観光施策を強化している。2015年、同市では歴代最年少の市長(当時40歳)が誕生して以降、新しい施策が目立つ。その代表例が、昨年7月に開催した「湯(ゆ)〜園地」だ。市内にある遊園地を”温泉”に見立て、3日間の期間限定でオープン。メリーゴーランドの遊具にお湯を入れて浴槽に仕立てるなど、各アトラクションに温泉の要素を取り入れたのだ。実はその前年に、遊園地を温浴施設に仕立てたPR動画をインターネット上で公開。「再生回数が100万回を超えれば、計画を実行する」と宣言したところ、わずか3日間で目標に到達。市はクラウドファンディングやふるさと納税、寄付などで必要な資金を集め、実行した経緯がある。

近年、日本では外国人観光客が増加しており、今後もその傾向は続くとみられる。政府は2020年に4000万人、2030年には6000万人とする目標を掲げている。さらに最近は、観光客の志向もショッピング中心の都心から、伝統文化や日本古来の自然風景を楽しむために地方へと移行している傾向もある。

子どもの頃から温泉文化に親しんできた岩崎さんは、「温泉街の別府には宿泊施設が揃っている。またAPUが立地しているので、例えば留学生が海外観光客のガイドをすることもできるだろう。すでに、観光客を受け入れるベースが整っているのだ。温泉という観光資源をうまく活かせれば、観光ビジネスを大きく伸ばすことができるのではないか」と話す。

ライトアップされた温泉街の景色もまた独特だ。海外観光客誘致の起爆剤になるか。

「OITA 4.0」が象徴的だが、市はIT関連企業の誘致にも積極的で、アジアクエストのほかにもゲーム制作会社のfuzz(本社:東京)が支社を設けるなど、IT企業の進出例が増えつつある。温泉、外国人留学生、IT…。特徴的な要素を秘めた別府はこれから、新しい地域モデルとして全国から注目される町になるかもしれない。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

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