“ファミリー版”2拠点生活。全国初、都市と地方で学ぶ「デュアルスクール」

Share

都市と地方の学校を自由に行き来するーー。そんな”新しい学校”のかたちを模索する全国初の取り組みが徳島県で行われている。その名も、「デュアルスクール」。例えば、普段は都会に住んでいながら、親子で数週間ほど現地に滞在し、子どもを地元の学校に通学させる事業だ。移住のほか、近年は2拠点生活など柔軟なライフスタイルが広がっているが、子どもの成育に着目した事業は珍しい。実際に利用した人は、どんなことを感じたのか。そして、普及のための課題はーー。

家族4人で2週間滞在。子どもは学校にすぐに溶け込む

「息子たちはすんなりクラスに溶け込めたようで、とても楽しそうに過ごしてました」。IT企業のイーツリーズ・ジャパン(東京都八王子市)に勤める三好健文さんは今年1月、「デュアルスクール」を活用して2週間、家族とともに徳島県美波町で過ごした。

専業主婦の妻と小学5年の長男、同3年の次男の4人家族。美波町でサテライトオフィスの誘致や地域人材の育成事業などを手がける地元ベンチャー・あわえの紹介で参加を決めた。美波町には、イーツリーズ・ジャパンのサテライトオフィスもある。

滞在期間中、2人の息子は町内の小学校に通い、自身は主にあわえが運営するサテライトオフィス体験施設でリモートワーク。宿泊も、4人揃ってその施設を利用した。仕事や子どもの生活は不自由なく、都会から離れてゆったりとした時間を過ごせたようだ。

三好さんの息子は美波町の小学校に通学(写真提供:あわえ)

地元の子どもとも仲良くなり、放課後なども一緒に遊んでいたという(写真提供:あわえ)

「デュアルスクール」は、徳島県の事業として2016年にスタートした。対象は小学生と中学生。原則、通学する学校は生徒が居住する住所で決まるが、いじめに遭った場合などに特例的に指定区域外の学校に通える「区域外就学」制度を利用。これを短期滞在する場合に応用した。県教育委員会と、相手先の地元教育委員会が合意すれば利用が可能になる。

制度を利用する場合は書類での申請が必要だが、三好さんは「主に教育委員会や学校間でやりとりしてくれるので、(手続きに)困ったことはなかった」という。見知らぬ土地への”転校”を子どもたちが不安がることも考えられそうだが、「子どもはどこにいっても楽しめるものですね」(三好さん)と、新しいクラスメイトともすぐに打ちとけた様子だったといい、放課後や休日も地元の子どもたちと一緒に遊んでいたという。「転校というよりも、子どもたちにとっては2週間、別の場所に遊びにいくような感覚だったのではないでしょうか」(三好さん)

一方、三好さん自身の仕事はどうだったのか。顧客先とは一部スケジュールを事前調整する必要があったというが、滞在期間中はリモークトワークでも全く支障はなかったようだ。「東京で室内にこもって仕事をしているよりも、散歩に出かけるなど気分転換できてよかったですよ」(三好さん)

都市の子どもに新たな学び。地方は子育て世帯の呼び込みに期待

三好さんを含め、これまでにデュアルスクールを利用したのは3家族、延べ回数は7回に上る。初年度は1事例のみだったが、2017年度に一気に増えたかたちだ。

美波町で利用者の生活サポートなどを行うあわえの吉田基晴社長は、「都会のメリットと地方の価値。”どちらがいい”ではなく、”両方いい”。生き方や働き方が多様化している時代に合った学び方を提案したい」と話す。

「デュアルスクール」の事業化に携わった、あわえの吉田社長

吉田社長は、デュアルスクールの事業設計を県とともに主導した人物でもある。もともと東京でIT企業のサイファー・テックを経営していたが、2012年に美波町に同町初のサテライトオフィスを設置。翌年には本社を移した。そして2013年に、企業誘致などの地域活性化事業を手がけるあわえを設立した経緯がある。

美波町はサテライトオフィスの誘致が盛んで、2012年以降では県内最多の17社が進出。町・県外から関係者の視察も相次ぐ”移住先進地域”とされている。木造家屋が密集する風情ある街並みも特徴で、浜辺はウミガメの産卵地としても有名だ。

そうした中、「2拠点生活は徐々に増えているが、現状は独身の人に限られがちで、平日と週末をわけるケースが多い。子どもの2拠点居住が可能になれば、家族単位で2拠点生活を実現しやすくなるのではないか」。そんな仮説を立てて、県関係者とともに事業化に動いた。

都会の子どもや家族にとっては、自然豊かな環境でリフレッシュしたり、地方特有の多様な価値観を学べる機会になり得る。”お試し居住”として気軽に地方暮らしを味わえるのもメリットだろう。一方、地方にとっても子育て世帯を呼び込むことで、交流人口の拡大や将来的な移住などにつなげられる可能性がある。地元の生徒たちにとっても、都会の子どもと触れ合うことは新たな学びになるはずだ。

吉田社長によると、利用者の評価は総じて高いようだ。2016年10月、初めての利用者として小学2年(当時)の息子と美波町で2週間滞在した女性は、「子どもと向き合える時間が増えた」と満足げな様子だったという。女性は都内の不動産ベンチャーに勤める母親で、美波町にあるサテライトオフィスを職場兼自宅として利用。普段は学童保育を使っているが、滞在している間は仕事中でも自宅で息子と過ごす時間が増えたという。この親子はすでに3回、美波町でのデュアルスクールを利用している。また、県内の他の町では、デュアルスクールを利用した家族が実際に移住に向けて動いているケースもあるという。

この母親は、子どもと過ごす時間が増えたという(写真提供:あわえ)

受け入れ側の小学校のクラスメイトも協力的だ(写真提供:あわえ)

課題は手続きの簡素化。不登校児など多様なニーズも

ただ、利用者の拡大に向けて課題もある。1つは、転校手続きだ。短期滞在を前提にしているにも関わらず、「区域外就学」による転校手続きが必要なため、双方の教育委員会や学校間でやや煩雑な書類のやりとりが交わされるためだ。また、学校側の理解が乏しい場合は、利用を断られるケースもあるという。

それでも、吉田社長は普及に期待している。「文科省から、デュアルスクールを前提にした区域外就学を柔軟に運用するよう全国の自治体へ通達が出された。各地の学校側の理解が広がってほしい。また、転校手続きも簡素化し、最終的には国の施策として制度化させたい」

吉田社長は、デュアルスクールは多様なニーズに応えられる可能性があるとも話す。「例えば、不登校の子どもを地方の学校に通わせるのに利用してもらうケースも考えられる。また、地方の中核都市にとっても利用価値が高いのではないか。大企業の支社や支店があり、そこに勤務する人は単身赴任者の場合が多い。親と子どもの双方にとってメリットになるはずだ」

都会の喧騒とは異なり、自然の中でのびのびと遊べるのも地方の魅力だ(写真提供:あわえ)

移住や2拠点生活の話題で常につきまとうのが、仕事や子育ての問題だろう。仮に仕事の問題をクリアできても、子どもを含めた家族の同意がなければ難しい面があるといわれる。デュアルスクールは、そこに風穴を開ける試みとして注目を集めそうだ。

About Author

フリーライター/1983年神奈川県生まれ。2008年〜化粧品専門誌の記者を経て、2016年フリーランスに。現在、東北復興新聞(発行:NPO法人HUG)のほか、企業のCSR・CSV、ソーシャル・ローカルビジネス、一次産業、地方創生・移住などをテーマに取材〜執筆活動している。

Leave A Reply